お知らせ

五味洋治のページです。主に韓国での北朝鮮関連報道を訳していますが、日本語で紹介されない記事を私の目でセレクトしています。私の執筆活動、経歴についても掲載しています。最近のお勧めは、北朝鮮の軍事関連報道です。日本のメディアが伝えていない細かなものまで拾っています。私がかつてここに書いた金正恩の性格分析は今も十分通用します。筆者へのご連絡はこちらをクリックしてください

2017年6月11日日曜日

世襲の成功率は0.03% 権力は若い後継者に渡される

ある所に寄稿した内容です。抜粋を掲載します。


米国の政治学者ブラウンリ(Brownlee)によれば、2次大戦以後2006年まで3年以上執権した258ケースの独裁国家事例中で権力世襲が試みられたのは、23件だった。10件に1件の割合となる。これだけ少ないのは、権力を家族のものにすることについて、批判が強いことが影響しているといえよう。

 23件中で成功したのはわずか9件だったという。成功率は0.03%だ。しかもニカラグア、ドミニカ、ハイチ、トーゴなど中南米やアフリカなど、比較的開発の遅れた国だ。

 アジアで成功した世襲の例としては、1975年、台湾の蒋介石(1949~1975年)から蒋経国(1975~1988)への総統職の継承がある。蒋経国総統の業績は台湾の歴史の上では大変重要なものである。「台湾を強国にした男」と言っても過言ではない。


 シンガポールのリー・クアンユー(1956~2004年)から、1代別の首相をはさんだリ―・シェンロン(2004年~)への首相職の就任も評価が高い。

 北朝鮮の金日成(1948~1994)から金正日(1994~2011年)への権力継承も、大きな波乱がなかったという意味では成功した例に挙げられるだろう。金正恩も世襲の成功例の候補になりそうだが、徹底した粛清による恐怖政治によるものであり、到底評価はできない。

世襲は若い独裁者に引き継がれる

 独裁を継承し、世界から批判を浴びている代表的なケースが2つある。シリアのハフェズアル・アサド(1971~2000年)からパシャルアル・アサド(2000年~)への大統領継承だ。

 2003年にはアゼルバイジャンのヘイダル・アリエフ(1993~2003年)から長男であるイルハム・アリエフ(2003年~)への大統領継承が行われ、これも民主化とはほど遠い方法で行われた。

 世襲は、比較的若い後継者に対して行われることが多い。

 ハイチの権力を世襲受けたデュヴァリエの年齢は19才、1961年ドミニカ共和国のマルティネジは32才、2003年アゼルバイジャンのアリエフは42才、2005年トーゴのクナシンベは39才だった。権力を取り巻くエリートたちが、若い指導者を利用して、自分たちの権益を守った結果だ。

2017年6月6日火曜日

文在寅大統領の南北交流3原則

http://news.kmib.co.kr/article/view.asp?arcid=0009017148&code=61111111&sid1=pol

必要があって訳してみたので、ついでにアップします。

この原則に従って、すでに民間交流に許可がおり始めている。

南北関係3原則とは

 文在寅大統領は、候補者時代に南北関係を解くための3つの原則を明らかにした。これは、大統領の理念を示したものとして、今後とも南北関係の基調となるに違いない。その中核は以下の通りだ。

 最初に「分権的南北協力」原則だ。南北間協力は誰も自身の政治的利害により独占してはいけない。可能な色々な単位で南北協力に参加する時、韓国内の葛藤も減って持続的平和を実現できる。
 政府と国会が役割によって南北協力の事業を分担することができるように制度を改善しなければならない。地方自治体にも大幅に自立権を保障する。地域別、都市別に交流関係を結ぶように政府が許さなければならない。企業はもちろん各級社会団体らも北朝鮮と相応した領域で幅広く交流して協力することができるように政府が支援しなければならない。
 2番目は「民生中心南北協力原則」だ。その間南北関係は外交、軍事、政治問題が中心になりら、民生問題を無視してきた。離散家族対面の定例化も政治状況により浮沈を経験した。南北間水資源、山林資源、海洋資源の共同利用に対する合意を促す。
 3番目は「同伴的南北協力」原則だ。首脳会談が実現した場合、南北共に良い契機になる。歴代政権が結んだ大切な合意が、政権が変わる時ごとに断絶した痛い経験をもう克服しなければならない。両首脳合意はもう国民と国会総意を通して、恒久的に実現されるようにしなければならない。
 大韓民国国会と北朝鮮の最高人民会議全体が集まって、合意案を追認して、拘束力を付与して実行を決議したら南北関係発展の永続性が非常に高くなる。
 ここで朴正煕大統領の7.4、金大中大統領の6.15、盧武鉉大統領の10.4合意実践方案も論議して、その精神を継続したらさらに一層良い。
 南北関係は現在だけでなく未来世代の運命まで左右する民族的、歴史的問題です。しかし朝鮮半島を囲んだ国際環境は決して私たちに有利ではない。私たちはそのどの時より安保を守って外交を通して、平和協力を引き出すために努力しなければならない。

2017年6月4日日曜日

消えた核先制不使用

ちょっとまとめた文章です。途中まで掲載します。

北朝鮮はどんな場面で、自らが開発した核を使おうとしているのか。それを解くカギは、北朝鮮の公式報道にある。

核攻撃の予兆があれば、核で先制攻撃すると言っているかというとそうでもないのだ。先に使わない「核先制不使用」について、過去に何回か言及している。

 北朝鮮は、「核先制不使用」を主張して、核開発が防御的手段であることを強調し、米国がそれに同調しないことを核開発の根拠としていた。この理屈は、米国が世界の警察官の役割を果たしている国際社会のありかたに批判的な国からは、理解が得やすいはずだ。自国を核から守るために核を持つというものだ。

 しかし、第2回核実験(2009年5月25日)、第3回核実験(2013年2月12日)に際して発表された朝鮮中央通信社の声明には、「核先制不使用」言及がなかった。

 2013年3月6日に、朝鮮中央通信は「われわれ式の核先制打撃」として「好戦狂らが本当に口に出した通りに先制打撃を加えようと身動きさえすれば、それよりもっと迅速かつ正確に、それに比べようもなく威力ある朝鮮式の核先制打撃が無慈悲に加えられるだろう。」と核先制使用に触れた。

 同年3月7日付「労働新聞」署名論説には「わが軍隊と人民は、停戦協定の効力が全面白紙に戻されるその時刻から、いかなる拘束も受けずに任意の時期、任意の対象に対して制限がなく、決心した通りに正義の打撃を加えられることになる。核先制打撃権は決して米帝だけにあるのではない」との表現があった。

 ところが2016年1月に実施した4回目核実験で、北朝鮮は注目すべき言及をした。

 「侵略的敵対勢力がわが自主権を侵害しない限り、すでに宣明したように、先に核兵器を使用しない」と明言したのだ。「すでに宣明した」とは、2006年10月3日、初の核実験を予告した外務省声明を指す。

 北朝鮮はそこで、「朝鮮民主主義人民共和国は絶対に核兵器を先に使わず、核兵器を通した威嚇と核移転を徹底的に許さないだろう」先制不使用を約束していた。「核先制不使用宣言」は10年ぶりのことだった。

 金正恩氏も2016年5月6日、平壌で前日に開幕した朝鮮労働党の第7回党大会で、侵略的な敵対勢力が核兵器で北朝鮮の主権を侵害しない限り、核兵器を使用することはないとの考えを示している。基本的には核の先制使用をしない方針と受け止めることができるだろう。

  10年ぶりに「先制不使用」論が出てきたのに、2017年になって北朝鮮では再び「先制攻撃論」が頭をもたげてきた。どうしてだろうか。その理由は・・・

後略