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五味洋治のページです。主に韓国での北朝鮮関連報道を訳していますが、日本語で紹介されない記事を私の目でセレクトしています。私の執筆活動、経歴についても掲載しています。最近のお勧めは、北朝鮮の軍事関連報道です。日本のメディアが伝えていない細かなものまで拾っています。私がかつてここに書いた金正恩の性格分析は今も十分通用します。筆者へのご連絡はこちらをクリックしてください。コメントは実名以外受け付けません。

2018年5月15日火曜日

南北首脳の記者会見全文


文大統領“大胆な足取り…平和の時代開かれて”
尊敬する南北国民の皆様,海外同胞皆さん.
金正恩北朝鮮党委員長と私は平和を望む8000万民族の念願で歴史的な出逢いを持って貴重な合意を成した。
朝鮮半島にこれ以上戦争はないことであり,平和の時代が開かれていることを共に宣言した。
分断の痛みと悲しみの中でもついに克服できると信じたので私たちはこの位置に立つことができた。
金委員長と私は完全な非核化を通して,核ない朝鮮半島を実現するのが共同目標というものを確認した。
北側が先に取った核凍結措置は非常に重要な意味を持っている。
朝鮮半島の完全な非核化のための大切な出発になるだろう.
完全な非核化のために南と北がより一層緊密に協力していくことを明確に明らかにする。
私たちはもまた終戦宣言と平和協定を通して,朝鮮半島の不安定な停戦体制を終息させて恒久的で強固な平和体制を構築していくことに合意した。
朝鮮半島を囲む国際秩序を根本的に変えられる大変重要な合意だ。
もう私たちが生きる土地、空海どこでもお互いに対する一切の敵対行為をしないだろう。
偶発的な衝突を防ぐ根本対策らも講じていくだろう。
非武装地帯は実質的な平和地帯になるだろう。
西海北方境界線(NLL)一帯を平和水域で作って,偶発的な軍事的衝突を防止して南北漁民らの完全な漁労活動を保障するだろう。
私は大胆に今日の状況を作り出して度量が大きい合意に同意した金委員長の勇気と決断に敬意を表わす。
私たちは主導的に民族の運命を決めていくものの国際社会の支持と協力を得るために共に努力することにした。
金委員長と私はお互いに対する堅固な信頼で平和と繁栄,統一のために定期的な会談と直通電話を通して,いつも議論するだろう。
私たちは決して後帰らないだろう。
私は金委員長と共に南北皆の平和と共同の繁栄と民族の念願の統一を私たちの力で成し遂げるために大胆な足取りを始めた。
南北当局者らは緊密に対話して協力するだろう。
各界各層の多様な交流と協力も直ちに進行するだろう。
離散家族らの出逢いが始まることであり,故郷を訪問して書信を交換するだろう。
南北当局者が常駐する南北共同連絡事務所を開城に設置することにしたのも大変重要な合意だ。
ここで10・4首脳宣言履行と南北経済協力事業の推進のための南北共同調査研究作業が始まれることを期待する。
条件になれば各々相手方地域に連絡事務所をおくことで発展していくはずだ。
金委員長と私は朝鮮半島非核化と恒久的平和,民族共同繁栄と統一の道へ向かう揺れない道しるべをたてた。
金委員長の度量が大きい決断のおかげで南北国民と世界に良いプレセントをあげられるようになった。
発表方式も特別だ。
首脳会談後北側の最高指導者が直接世界の言論前に立って,共同発表をするのは史上最初であると分かる。
大胆で勇気ある決定を下した金委員長に拍手を送る。
◇金正恩“北南本来のとおり一つになって,繁栄享受すること”
親愛する皆さん.
北と南海外同胞兄弟姉妹ら.
今日私と文ジェイン大統領は分裂の悲劇と統一の熱望が凍結しているこちら板門店で歴史的責任と使命感を抱いて初めての会談を持った。
私は先に会談の成功的開催のために多くの労苦を捧げられた文在寅大統領と南側関係者皆さんに深い謝意を表わす。
また私たちを盛大に迎えてくれて暖かい政を付加した南側の同胞に感謝の挨拶を差し上げる。
南北が今日また二つの手を取り合うまで長い時間が流れたし私たち皆はとても永らくある心で待った。
まさに会うので北と南は互いに分かれて生きられないひとつの血縁であり,そのどの隣人にも引き離されない同族というものを胸に痛感するようになった。
このように近距離に住んでいる私たちは戦わなければならない異民族でなく和やかに住まなければならないある血筋韓民族だ。
私たちの民族の新しい未来を切り開く決心を抱いて私は今日板門店分離線を越して,ここにきた。
私と文在寅大統領は南北人民らが切実に望む問題解決のために多くの議題を真剣に議論した。
全民族が戦争ない平和な土地で繁栄と幸福を享受する新しい時代を開く確固たる意志を共にして実践的対策に合意した。
すでに採択された南北宣言とすべての合意を徹底的に履行して,関係改善と転換的局面を盛り上げることにした。
私と文在寅大統領はたった今今日会談で合意した議題と具体的措置を反映した板門店宣言を採択して宣言した。
私たちが今日交わしたるこの合意が、歴代の合意書のように最初だけしかない、かんばしくない歴史が繰り返さないように私たちの二人が膝を向き合って緊密に協力して,必ず良い結実が結ばれるように努力していくだろう。
今日私が通ってきたこの道を、南北すべての人々が自由に行き来することができて板門店が平和の象徴になったら南北は本来のとおり一つになって,民族の限りない繁栄を享受するようになる。
北と南,海外の親愛する皆さん.
かたい意志を持って最後まで押し進めれば閉じられていた門が大きく開かれるようになる。
南北が理解と信頼に基づいて,民族の大義を先に考えてその全てのものを指向させていったら南北関係がより一層加速化されるだろう。
偉大な歴史は自ずから創造されて成さなくてその時代人間らの誠実な努力熱い息遣いの凝結体だ。
私たちの民族が和解と団結,平和と繁栄のために必ず創造していかなければならない全てのものを完全無欠にしておくことによって歴史的責任と時代的義務をみなしていかなければならないだろう。
その道には外圧と逆風がありえて挫折と試練がありえる。
苦痛なしで勝利がないように,試練がなしで光栄がないようにいつかは挑戦を勝ち抜いて破って行く日々を楽しく追憶するようになる。
皆さん,私たち皆意と力を合わせて知恵を集めて,平和繁栄の新しい時代,新しい夢と希望の未来で一歩一歩前進していきましょう。
会談が結実を結べるように支持と激励送った同胞らにもう一度熱いごあいさつする。
私たちの歴史的出逢いに大きな関心表わした記者らにも謝意を表わす。

2018年5月12日土曜日

世界史の流れを変える首脳会談となるか。

http://m.news.naver.com/hotissue/read.nhn?sid1=100&cid=1079165&iid=1292070&oid=081&aid=0002914631
[ソウル新聞]
ドナルド トランプ米国大統領と金正恩北朝鮮党委員長が来月12日シンガポールで開く史上初めて北朝鮮・米首脳会談が地球上に最後に残った‘冷戦の島’朝鮮半島に平和を定着させる世紀の談判になるのか注目される。


2次世界大戦の産物で韓半島分断を招いた冷戦体制はその開始から終息まで事実上首脳会談の歴史につながる。
現代史の主要町角ごとに歴史の水の流れを変えた主要会談を振り返って1ヶ月残った北朝鮮・米会談の成功を推し量ってみる。


2次世界大戦が終りに近づいた1945年2月4日から11日まで米国,英国,ソ連など3台連合国首脳部はロシア クリーム半島の休養都市ヤルタに集まって,従来と戦後処理問題を議論した。

フランクリン・ルーズベルト米国大統領,ウィンストン・チャーチル英国総理,イオシープ スターリン ソ連共産党書記長はこの会談で当時敗戦を前にしてドイツを分割占領することとソ連の対日本戦争参戦問題などを議論した。

●最後に残った‘冷戦の島’朝鮮半島
ルーズベルト大統領は当時開発中だった原子爆弾の効能を確信できなかっただけにスターリン書記長に日本との戦争に参戦してくれることを要請したし,スターリン書記長はドイツが降参した後,2~3カ月内対日戦に参戦することを約束した。
結局この会談を土台にソ連軍が同じ年8月日本を攻撃して朝鮮半島で南下しながら,米国とソ連が38度線を境界で韓国,北朝鮮を分割占領する契機が作られたわけだ。

南北分断を招いたヤルタ会談はソ連が東ヨーロッパに影響力を拡大して西側世界との冷戦が始まった契機に評価される。


1972年2月リチャード・ニクソン前米国大統領と毛沢東前中国国家主席間の初めての米・中首脳会談は閉鎖的共産国家であった中国を国際社会の主要構成員に率いて,今回の北朝鮮・米首脳会談と似ている。

これを契機に朝鮮戦争以後冷たかった米国と中国関係が改善されて米国は台湾が中国の一部という‘一つの中国原則’を受け入れることによって1979年米・中修交まで続いた。
北朝鮮指導者と初めて会うトランプ大統領は当時米国大統領としては中国を初めて訪問したニクソン前大統領と比較されたりもする。

両首脳の出逢いは当時中国と手を握ってソ連を牽制しようとしていたニクソン大統領と当時ソ連との領土紛争で敗れて文化大革命余波で国内外的非難に直面した毛主席の利害関係が合致した結果や実務陣のねばっこい水底交渉おかげで可能だった。

会談前年度(1971年)に米国卓球チームが中国を訪問して競技を行ったこと(ピンポン外交)を契機にヘンリー・キッシンジャー当時ホワイトハウス国家安保補佐官は中国を極秘訪問して,両国の水底接触が開始された。

マイク ポムペイオ国務長官が北朝鮮を二度訪問して,金委員長と会ったのと似た流れだ。

●キッシンジャー秘密接触,ポムペイオ・金正恩出逢いと似た形
金委員長の場合当時毛主席のように一流国家の指導者と認められたい欲があるがそれのために完全に核放棄という決断を下すかは相変らず未知数だ。


反面核放棄なしでは‘非理性的独裁者’という汚名を脱ぐことができないから一種のジレンマに直面した。

1985年11月ロナルド・レーガン米国大統領とミハイル・ゴルバチョフ ソ連共産党書記長の‘ジュネーブ米・ソ首脳会談’も注目する必要がある。

当時米・ソ首脳会談はソ連が1979年アフガニスタンを侵攻して米国は1984年からソ連核ミサイルを宇宙で迎撃するという戦略防衛構想(SDI)を発表して,いつ核戦争がさく裂するかも知れない不安な情勢の中で6年ぶりになされた。


スイス,ジュネーブで会った両国首脳が最も早くしたことは散歩だった。
レーガン大統領はゴルバチョフ書記長が到着するやいなや“新鮮な空気をちょっと飲もう”として散歩を提案したし,両首脳は通訳者だけ同行したまま一時間半の間ジュネーブ湖畔について歩いた。
先月27日南北首脳会談当時文ジェイン大統領と金委員長の‘徒歩橋散歩’が浮び上がる。
両国首脳は当時軍備統制交渉を促進させて後続首脳会談を開く事に合意した。


翌年の1986年レイキャビク首脳会談で両国は戦略核兵器50%縮小などに合意して,1987年には‘中距離核兵器廃棄協定’を結ぶなど冷戦終息の基盤を用意した契機になった。
この外に1989年12月‘マルタ米・牛首脳会談’は米国とソ連の冷戦終息に釘を刺して米・牛両極体制の終焉を知らせた会談と評価される。

ジョージH Wブッシュ(お父さんブッシュ)米国大統領とゴルバチョフ書記長は1989年12月地中海のマルタ海域船上で会って,1945年ヤルタ会談以後持続した冷戦体制を終息して平和を指向する新しい世界秩序を樹立すると歴史的な宣言をした。
両国首脳は東ヨーロッパの民主化と市場経済体制での履行に対してソ連が干渉しないという原則に合意したし,戦略核兵器と化学武器縮小に同意した。

この会談は色々な懸案に対して原則的意見を交換したし具体的協議は次に先送りしたが冷戦を終息させた象徴的意味がある。

その年11月ベルリンの壁崩壊で東ドイツ共産政権が危機に処して西ドイツのヘルムット コール総理が東ドイツに自由総選挙を提案しながら,翌年の1990年10月同・西ドイツが統一された。
1991年にはゴルバチョフ書記長の改革・開放に対する反発によるクーデターが失敗した後,経済失敗と軍備競争でそうでなくても求心力が弱まったソ連体制が崩壊して,米国は単一覇権国家にのぼるようになる。


●‘統一ドイツ’なるまで米・ソ連合意決定的
注目するだけのことはあったことは朝鮮半島と同じように分断国家であった西ドイツと東ドイツが統一以前まで皆7回の公式首脳会談と6回の非公式首脳間接触を実施して,相互信頼を得たという点だ。

ウイリー・ブラント西ドイツ総理とビリ シュトプ東ドイツ総理が1970年会って以来両側は1972年12月同・西ドイツ基本条約を締結して,平和共存の踏み台を用意した。

統一ドイツになるまで米国とソ連の合意が決定的役割をしたという点で朝鮮半島でも終戦宣言の当事者になる米国と中国の調整が必要だという点と様相が似ている。

来月12日北朝鮮・米首脳会談の結果は北朝鮮の完全な非核化のためのロードマップと北朝鮮体制安全保障の水準など具体的実行計画と時点に対する合意が導き出されることと期待される。

外交より取り引きの本能に充実したトランプ大統領,金日成主席や金正日国防委員長と別に果敢で実用的なスタイルの金委員長,そして積極的な仲裁努力を繰り広げる文ジェイン大統領など3者間‘相性’により開かれる会談であるだけに73年にわたった朝鮮半島冷戦体制が解体される可能性がいつの時より高まっている。

月刊文藝春秋に寄稿しています。

http://bunshun.jp/articles/-/7210

なんとなく記事の趣旨と違う見出しのような気もしますが、よくあることです。