お知らせ

五味洋治のページです。主に韓国での北朝鮮関連報道を訳していますが、日本語で紹介されない記事を私の目でセレクトしています。私の執筆活動、経歴についても掲載しています。最近のお勧めは、北朝鮮の軍事関連報道です。日本のメディアが伝えていない細かなものまで拾っています。私がかつてここに書いた金正恩の性格分析は今も十分通用します。筆者へのご連絡はこちらをクリックしてください

2010年9月30日木曜日

キム・ジョンウンの大将昇進,北住民たちあきれた。

この間、北朝鮮では人事が発表された。各新聞が細かく分析しているので、本論には入らず、住民がどう受け止めたかについて書いた記事を訳してみた。むしろ経済政策を待っていたようだ。

自由北韓放送から


・作成者北脱出者金チョルジン
・作成日2010-09-29
・照会:1252

[七人が職場警備室に集まって,タバコを吸っている間その話を聞いたのにその話を聞いては皆があきれて何も言わないで沈黙した]

28日夜筆者と知っている限り北朝鮮住民は電話通話でキム・ジョンウンを人民軍大将で昇進させて少しもためらう事なく3代世襲を宣言した金正日独裁政権に対する北朝鮮住民たちの反応はあまりにも冷笑的だと話しながら,キム・ジョンウンの権力世襲を宣言した北朝鮮政権はこれから北朝鮮人民らの無視されると見通した。


彼は午後六時に職場でキム・ジョンウンが人民軍長で昇進した事実を聞いたと話しながら“当時七人が職場警備室に集まって,タバコを吸っている間その話を聞いたのにその話を聞いては皆があきれて何も言わないで沈黙した”と伝えた。


彼は北朝鮮内でキム・ジョンウンが後継者になることというものはすべての人々が知っている事実だが,まさにキム・ジョンウンが大将で昇進したという消息を聞くのであきれるだけだと話.


彼はまだ大部分の人々はキム・ジョンウンが大将で昇進された事実は知らずにいると話しながら,アマ27才のキム・ジョンウン(多くの人々がキム・ジョンウンの年齢が27才という事実を知っているという)が隊長で昇進して後継者で公式化された事実を知ればすべての人々があきれてすることだと付け加えた。


彼は今回の党代表者会を控えて多くの人々が改革開放でも新しい経済政策が出てくることを期待したのも事実としながら今回の党代表者会は北朝鮮住民たちに冷水を浴びせる大会だけであると指摘した。

最後に彼は金正日が後継者で登板した70年代のように,以後に体制をあざ笑ったり体制に呼応しない理由にとらえられていく政治犯らが増えると見通した。

北脱出者金チョルジン.

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2010年9月26日日曜日

党代表者会控える北朝鮮、非常警戒で中朝貿易中断

聯合通信日本語版より転載

【ソウル24日聯合ニュース】北朝鮮は朝鮮労働党代表者会を28日に開催すると発表したなか、改めて非常警戒に入っており、豆満江地域を通じた中朝貿易の多くが中断されているという。韓国の北朝鮮向け民間短波ラジオ「開かれた北韓放送」が24日に報じた。
 北朝鮮当局は当初、党代表者会を「9月上旬」に開催すると予告しており、先月25日にもすべての党幹部と司法機関に非常警戒令を出していたと伝えられる。

 放送が伝えた咸鏡北道・茂山の情報筋の話によると、北朝鮮当局は20日ごろ改めて非常警戒令を出し、住民の集会や旅行を統制している。平壌への上京はもちろん、秋夕(中秋節)の墓参りも通行証明書の発給が受けられなかったという。

 また、22日現在、鴨綠江を挟む中国・丹東と新義州を通じた中朝貿易は通常通り行われているが、図們と恵山など豆満江沿いの国境の都市では、コメ以外の貿易が禁じられたと伝えている。韓米合同軍事演習の際も特に問題がなかった豆満江の国境貿易が統制されているのは、脱北者など「不純勢力」の影響が強いとみているためだとの説明だ。

 この情報筋はまた、「党代表者会期間、革命の首脳部を狙う敵の策動可能性があり、徹底して備えよという指示が国家安全保衛部と人民保衛部から下った」と話している。人民保衛部の要員らは、住民を集め雰囲気づくりを進める一方、住民の家を突然訪れ、寝ている者を調べるなどもしているという。

2010年9月25日土曜日

権力継承の鍵を握る5人 VOA

 

北朝鮮の権力継承で注目しなければならない人物は?
北朝鮮が来る28日労働党代表者会を予定しているなかで,今回の大会を通して,どんな人物らが新しい権力実力者に浮上するようになるのか関心が集まっています。


米国のある言論は北朝鮮内権力継承と関連して,5人を注目しなければならない人物に選んだんですけれど,崔ウォンギ記者と詳しい内容調べてみます。

崔ウォンギ2010年09月23日

問)北朝鮮の労働党代表者会が28日に迫ったんですけれど,海外言論らは今回の大会を通して,誰が新しく権力実力者に浮び上がるのか注目しているんですって?


答)はい,北朝鮮は今回の大会で党最高指導機関を選出することだと明らかにしているんですが,このために海外言論らの関心も自然に、誰が新しく浮上するのかに集められています。
なぜなら金正日国防委員長の後継者と知らされたキム・ジョンウン(27才)の外にはいないために、彼の周辺に誰が布陣するかにより北朝鮮の政策が左右される公算が大きいためです。


問)ある人々が北朝鮮の権力継承で注目しなければならない人物らに選ばれているんですか?

答)はい,米国の‘クリスチャンサイエンス モニター’新聞は最近‘北朝鮮の注目しなければならない5人’という題名の記事で党代表者会をはじめとする権力継承過程で注目しなければならない5人の名簿を報道しました。

http://www.csmonitor.com/World/Asia-Pacific/2010/0921/5-key-people-to-watch-in-North-Korea/Gen.-Kim-Kyok-sik

 

また英国の'BBC放送’も最近北朝鮮の権力継承と関連して,金正日一家の身上を紹介しました。

韓国言論らやはり今回の党代表者会を契機にどんな人物らが新しい権力実力者で登場することが出来るかに神経を尖らせています。

問)‘クリスチャンサイエンス モニター’新聞が取り上げ論じた5人が誰なのか気になりますが。

答)この新聞はまず金格植人民軍総参謀長を注目しなければと報道しました。

200903120000101a

http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2009/03/12/2009031200110.html

金キョクシクは西海岸を担当する4軍団長でありながら,韓国の哨戒艦天安号を攻撃するのに主導的な役割をしたと知らされた人物ですが。
このために金正日国防委員長も金格植をだいぶ寵愛すると分かりました。

この新聞は軍部私の強硬派の金格植がキム・ジョンウンの権力継承過程で実力者で登場するのかどうかを注目しなければと報道しました。

問)その他に誰がまた注目しなければならない人物に選ばれていますか?

答)当然の話ですが‘クリスチャンサイエンス モニター’新聞は後継者で内定したキム・ジョンウンを選びました。
キム・ジョンウンは在日韓国人出身で万寿台芸術団舞踊家であったコ・ヨンヒと金正日委員長の間で生まれて,10代時期スイス,ベルンで高等学校を通いました。

このためにキム・ジョンウンは英語を多少駆使して米国のバスケット選手のマイケル操短が好きだと伝えられました。

専門家たちは今年27才のキム・ジョンウンが政治経験がないのが問題とし,今回の党代表者会で後継者で公式指名される場合経済難に苦しめられる北朝鮮をどのように導くのか憂慮されると話しています。

米海軍分析センター・ケン ゴス局長の話を聞いてみます。
“北朝鮮問題専門家のケン ゴス局長は今年27才のキム・ジョンウンは年齢も幼いうえに北朝鮮の政策決定と政治経験がないのが弱点だと指摘しました。”

問)3人目はどんな人物が選ばれましたか?

答)3番目では金正日国防委員長の妹金ギョンヒが選ばれました。

クリスチャンサイエンス モニター新聞は金ギョンヒが過去金日成大学時期北朝鮮の2人者の張成沢と結婚した事実を紹介しながら,金ギョンヒが今回の党代表者会で重要な職責を引き受けるようになると展望しました。

問)金ギョンヒが出てきたので夫の張成沢も出てこないはずがないでしょうね?

答)そうです。
新聞は張成沢が北朝鮮の権力継承過程で‘摂政’のような役割をする公算があると展望しました。
張成沢は2000年代初め閑職で左遷されて2006年に復権しましたが。

新聞は張成沢が左遷された背景にキム・ジョンウンのお母さんのコ・ヨンヒがある種の作用をすることができると指摘しました。

コ・ヨンヒが自身の息子キム・ジョンウンが権力をにぎるのに張成沢を障害物と考えられるということです。

問)張成沢-金ギョンヒ夫婦が果たして最後までおいのキム・ジョンウンの権力継承を後援するのかも関心事ではありませんか?


答)専門家たちはこれと関連して,2つの観測をしているんですが,一つは金正日委員長が2-3年内に死亡する場合、張成沢の去就はその時の状況にかかったとのことです。


また他のことは張成沢が最後までキム・ジョンウン後継世襲を押すという観測もあるんですが。

韓国国民大学校チョン・チャンヒョン教授の話を聞いてみます。
“金正日国防委員長が死亡するとしても張成沢-金ギョンヒ夫婦はある体で動く形態期のために最後まで後見の役割をすると見ます。”

問)呉克烈も注目しなければならない人物に選ばれましたって?

答)はい。

新聞は呉克烈国防委員会副委員長を最も注目しなければならない人物に選びました。

空軍司令官出身の呉克烈は、過去他の人民軍将軍らとの不和に閑職を飛び交って最近国防委員会副委員長に任命されましたが。

新聞は呉克烈が今回の党代表者会で重要な役割をすると展望しました。

問)その他に権力実力者でどんな人物がいますか?

答)韓国内専門家たちと言論らは人民武力部長金英春と内閣総理の崔永林,金己南党秘書,そして外務省第一副長官で今回内閣副総理で昇進した姜錫柱,金ヤンゴン統一戦線部長などに注目しています。

2010年9月23日木曜日

ジョンウンは出てこない RFA

ワシントンの対北朝鮮放送のRFAは、28日の党代表者大会では後継者に関する決定はないと伝えた。

党代表者会,新しい経済政策出てくるようだ”
ワシントン-ジョンヨンjungy@rfa.org
2010-09-22
来る28日開かれる北朝鮮労働党代表者会に対する関心が高い中で,キム・ジョンウンの公式登場がなされない可能性があるという反応が対北朝鮮消息筋らの中で出てきて注目されます。

44年ぶりに開くようになる第3次労働党代表者会の話題は金正日国防委員長の3男キム・ジョンウンの公式登場です。
北朝鮮が金正日委員長の健康悪化にともなう後続措置で3男キム・ジョンウンに権力を譲るために今回の会議を招集したと見るからキム・ジョンウンが労働党核心要職に上がるだろうという観測が優勢でした。
だが,今回の党代表者会でキム・ジョンウンの公式登場がなされないという主張が複数の対北朝鮮消息筋を通して流れ出ています。
匿名を要求した咸鏡北道の一消息筋はこの前平壌に上がって降りてきた党代表者会関係者が“今回平壌に留まる間進行された予備講習会議でキム・ジョンウン青年大将(隊長)に対する言及が全くなかった”と話したと22日自由アジア放送に伝えました。
この消息筋は“代表者会でキム・ジョンウンが公式登場しそうだったから予備会議でキム・ジョンウン隊長に対する偉大性宣伝とか,業績称賛のような議論がありましたが全くそのような感じを受けることができなかった”と話しました。
この消息筋は“今回の会議がキム・ジョンウンの後継体制を敬う党指導機関選挙ではないのか”という質問には“今回の会議目的は2012年強い大国建設と関連した当面した経済目標を達成するための指導機関再確立で知っている”としながら“今回の会議で経済を発展させられる画期的な経済政策が出てくることと期待される”と話しました。
それと共に“党代表者会が遅れた理由はキム・ジョンウンの公式登場と関連した整理がうまくいかないで,新しい経済政策に対する細部条項がよく調整されなかったため”と付け加えました。
彼は“これから2012年4月15日まで強い大国総進軍のため新しい‘経済計画’が公表される可能性がある”と展望しました。
これに伴い今回の党代表者会でキム・ジョンウンの公式登場有無が関心事になっています。
まず金正日委員長が権力委譲を憂慮して,キム・ジョンウンにまだ権力を譲る時でないと判断したという観測と年齢も幼くて,経験も不足した幼い息子にめちゃくちゃになった経済を譲るには早いと判断して,今回の党代表者会に登場させないことという分析が出てきています。
これと関連して,北脱出軍の出身らで構成された‘北朝鮮人民解放戦線’は“キム・ジョンウンが後継者として資質と風貌をさらにそろえた後に党員同志らの建議を受け入れるという式で代表者推戴を拒否した”としながら“今回の会議にキム・ジョンウンが党代表に選出される可能性は希薄だ”と北朝鮮軍内部消息筋の話を引用して伝えました。
この前北朝鮮を行ってきたジミー・カーター前米国大統領も“来た家宝中国総理が去る6日自身との北京会見で金委員長が三男丁銀に権力を譲るという観測に対して‘西側のウワサ’と話した”と伝えたことがあります。

2010年9月22日水曜日

金正日、5分程居眠りを繰り返す

 北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長は先月、中国訪問(8.26-30)当
時に、5分程うとうと居眠りする現象が、1日にも数回ずつ反復される健康異常症
状を見せ、北朝鮮が「9月上旬」開催を予告した第3回労働党代表者会を延期した
のも、このためだと米国の「自由アジア放送」(RFA)が21日、報道した。

 同放送は「平安北道の党高位幹部消息筋」を引用して、「金委員長の健康に異
常が生じたことは、中国訪問当時であり、同行した北朝鮮医療スタッフと中国医
療スタッフも、はやく帰国して十分な休息を取ることを薦めた」とし、健康異常
症状について、「めまいが激しく、椅子に座っていながらも、身体を支えること
ができないばかりか、5分程うっかり居眠りしてしまう現象が1日にも数回反復さ
れる」と明らかにした。

 同消息筋は、「初期には十分な休息を取って治療すれば、健康状態が良くなっ
て、代表者会に参加するには大きな無理はないものと判断し、それで会議日程も
変更させなかった」とし、「だが、労働党代表者がみな平壌に集結した以後にも、
金委員長の異常症状が続き、会議場でうとうとしたり、ふらつく姿を見せること
ができないため、会議を延期した」と話した。

 彼は党代表者会の延期の背景として、権力暗闘、後継問題混線など、これまで
持ち出された様々な説に対して、「会議を開催すると発表した当時、すべての準
備が終わった状態であった」として、その可能性を否認した。

 また別の平安北道地方幹部も、高位層の伝言を引用して、「金委員長の健康状
態が深刻なものではないが、椅子に座れば、居眠りする症状を見せて、会議場で
寝入っては困るとして、会議を開くことができない」と話したと同放送は伝えた。
<連合>

2010年9月19日日曜日

国防委員長席をめぐり父と息子が権力闘争?

開かれた北朝鮮放送の報道。代表者会が開けないのは親子が喧嘩しているからだという。ありそうな話しだが。いったん訳してみた。これが事実だとすると代表者会では、国防委員長の人事まで行うということか?


-金正日総書記は永遠の国防委員長希望
-キム・ジョンウンは先軍政治正しく継承しようとするなら国防委員長席も譲ってこそ
-腹が立った父、平壌行かなくて慈江道でデモ
複数の消息筋によれば北朝鮮党代表者会が延期になって,いろいろ荒々しいうわさらが住民たちの間に回っている。
その中に最も圧巻はお父さんと息子間に争いがあるということだ。
その内容を紹介する。
このうわさの核心は国防委員長席まで自身に譲らなければならないという息子の立場と、そこに金正日総書記が極力反対するということだ。
すなわち金正日総書記は、自身のお父さん金日成が死んでも永遠の主席であるように自身は永遠の国防委員長で残っているように願うという。
それでキム・ジョンウンには国防委第1部委員長までで我慢しろと話をしたということだ。
これに反しキム・ジョンウンは、軍隊優先政治を正しく継承しようとするなら違う地位は分からないが私が国防委員長席を受けなければならない。
お父さんは“永遠の国防委員長”よりは“永遠の首領”として残ってはどうだと主張しているということだ。
これに金正日総書記は自分の話を聞いた息子が、初めて自身に反応して,堂々と出て,党代表者会開催も無視して慈江道に留まりながら,一種のデモをしているということだ。
その上金正日総書記は病気が再発して,気力がきわめて衰退したということだ。
このように事態が取りまとめられなくなったので張成沢だけでなく金ギョンヒも金正日総書記を説得するために慈江道に共に留まっているということが概略的な内容だ。
こういう内容が高位級ラインを通して確認されたことではなくて,その真偽有無を正確に分かる訳には行かないが内容がもっともらしいので100%真実ではないとしてもある程度は真実を含んでいるということが本紙の考えだ。
このエピソードは過去朝鮮時代咸興差使と類似した点があって興味深い。
咸興差使は朝鮮態度李成桂と彼の息子胎動吏房院の間の葛藤で由来したのだ。
朝鮮太祖李成桂が二度にかけた王子のナンに鬱憤して,王位を清酒に譲って咸興(ハムフン)に行ってしまった。
これに太宗がそのお父さんの怒りを解こうと咸興(ハムフン)で何度も使節を送ったが李成桂はその使節らを殺したり捉えて閉じて送らなかったとのことだ。
今回の平壌党代表者会延期は自強差使ではないのか,張成沢と金ギョンヒはキム・ジョンウンの使節で慈江道(チャガンド)にあるのではないのか帰趨が注目される。

2010年9月18日土曜日

間違った噂

日韓のメディアが伝えている、温家宝首相の発言。カーター氏は温家宝を通じて聞いたわけだし、間には通訳が入っている。聞き間違えた可能性もある。しかし、この発言は、中央日報にもあるように、当分は自分が実権を握ると言っている可能性もありそうだ。

いずれにせよ真意は分からない。

赤字部分の日本語訳

温家宝首相は、平壌への私の訪問にかなり関心があって、金正日総書記が私が受けたのと同じ積極的なメッセージを受け取ったことを確認しました。 彼は、金正日総書記の息子、キムジョンウンの将来の昇進に関してDPRKリーダーの言葉を引用しつつ、私たちを驚かせました。それは「西洋からのデマ」だというものでした。 私たちは、政権継承に関して真実を知るのをただ待たなければならない。

央日報の記事

カーター氏「金正日、キム・ジョンウン権力継承説を否認」
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  温家宝首相の言葉を引用して報告書

  北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が三男キム・ジョンウン(26)への権力継承説を否認するような発言をしたと温家宝中国首相(写真右)から聞いた、とジミー・カーター元米大統領(写真左)が明らかにした。

  カーター氏は先月25-27日、北朝鮮に拘束されていた米国人アイジャロン・ゴメス氏の釈放のため平壌(ピョンヤン)を訪問したのに続き、今月4-10日には中国を訪問した。

  カーター氏は13日、カーターセンターウェブサイトに載せた報告書で、6日に北京で会った温首相が「金正日が三男キム・ジョンウンの予想された昇進(prospective promotion)について‘西側の根拠のないルーマー’(a false rumor from the west)と述べたと伝えた」と明らかにした。

  カーター氏は北朝鮮権力継承の真実を把握するためにはもう少し待つ必要があると主張した。金正日委員長は先月26-30日に訪中し、胡錦濤国家主席と首脳会談を行った。

  韓米当局と専門家らは「金正日-温家宝-カーターという複雑なコミュニケーション過程で金正日の真意が誤って伝えられた可能性もある」と述べながらも「後継体制構築と関連して注目すべき部分」と見ている。

  韓半島問題専門家のビクター・チャ・ジョージタウン大教授は「北朝鮮状況は不確かなので、金正日の発言がどういう意味を持つのかを話すのは非常に難しい。しかしカーター元大統領が伝えたキム・ジョンウンの‘昇進’の話が権力継承と違う意味だとは思わない」と話した。チャ教授は「金正日が権力をずっと掌握しようとする可能性もある」と付け加えた。

  金正日委員長が幼い後継者が過度に浮き彫りにならないよう煙幕を張ったという分析もある。国家安保戦略研究所のイ・ギドン責任研究委員は「キム・ジョンウン称賛歌謡を金正日が観覧し、住民を相手にキム・ジョンウンを‘青年大将’として教育させるなど後継問題は間違いなく進行中」とし「後継自体よりも今回の党代表会での公職付与の観測を否定したのかもしれない」と分析した。イ・スンヨル梨花(イファ)女子大教授は「党代表会がキム・ジョンウンの登場ではなく、張成沢(チャン・ソンテク)ら後継者後援グループの地位を固める席になると予告した発言」と述べた。

  金正日委員長のこうした発言からみると、三男キム・ジョンウンが中国訪問に随行したという観測は誤りだという指摘も出ている。鄭成長(チョン・ソンジャン)世宗(セジョン)研究所研究委員は「後継問題が6カ国協議や経済問題よりも重要な懸案だとは考えにくい」とし「ただ、金正日が中国の首脳部に比較的具体的な話をするほど後継が進展したと考えられる」と強調した。

  一部では、今回の訪中で金正日委員長が温首相に会った事実が把握されていないという点で、発言の時期と言及の背景に対する慎重な接近が必要だという指摘もある。キャンベル米国務次官補は16日、米上院軍事委に出席し、「(北朝鮮関連)情報の一部は誤りであるケースも多い」と述べた。

http://www.cartercenter.org/news/trip_reports/china-090410.html

Trip Report by Former U.S. President Jimmy Carter to China, Sept. 4-10, 2010
Sept. 13, 2010
The purposes of our trip were to promote the expanding projects of The Carter Center in China, to enhance relations between the U.S. and the P.R.C., to fulfill our promises of last year to visit the World Expo in Shanghai, to ascertain opinions of South Korean and Chinese officials regarding North Korea, and to discuss other issues of mutual interest. We were official guests of the Chinese government, hosted by Madam Li Xiaolin, head of the Chinese Peoples' Association for Friendship with Foreign Countries.
During a stopover in Seoul, I discussed the status of the six-power talks with North Korea that can lead to eliminating nuclear weapons from the peninsula and ultimately to a comprehensive peace agreement among the DPRK, S. Korea, and the U.S. to replace the fragile ceasefire that has existed since the end of the Korean War.
In Beijing Rosalynn and I were met by President and CEO of The Carter Center Dr. John Hardman, Trustee Terry Adamson, and staff members Laura Newman and Yawei Liu. Our first meeting was with officials from Zouping County, where our Center has been working to improve village elections and now has a pilot project in enhancing Access to Information, called Open Government Information (OGI) by the Chinese. In both these areas of governance we are cooperating officially with the government. I then spoke at Tsinghua University to a public forum designed to publicize and promote increased access to information throughout the nation.
After a briefing by U.S. embassy staff, we met with the Minister of State Council Information Office Wang Chen, who is responsible for the dissemination of information, including "propaganda" and censorship. Because of our role with OGI and our Website that has millions of hits each week, our relationship with him is very important.
Our next meeting was with Premier Wen Jiabao, a popular leader who has been making some highly publicized statements calling for "political reform," while extolling the former administrations of Vice Premier Deng Xiaoping and Party Secretary Hu Yaobang, who helped bring openness to society and government. The premier emphasized that two key elements in political reform were village elections and Open Government Information. He was quite interested in my visit to Pyongyang and confirmed that the positive messages I received there were the same that Kim Jong Il had brought to China. He surprised us by quoting the DPRK leader regarding the prospective promotion of his son, Kim Jong Un, as "a false rumor from the West." We'll just have to wait to learn the truth about the succession in power.
As have all other top leaders since the time of Deng Xiaoping, he reminded me of my commitment on behalf of the U.S. government that arms sales to Taiwan would be limited to defensive weapons, and would be reduced over time - provided China would agree to resolve differences with Taiwan peacefully. Every Chinese leader knows that our commitment has been violated, including with the large sale of advanced weapons announced recently. This is a top concern for them. Except for this issue, this was one of my most warm and relaxed of my many sessions in the ancient Hall of Purple Lights.
We concluded our stay in Beijing with a supper hosted by Minister of Civil Affairs Li Liguo, one of whose responsibilities is administering the program of democratic elections within almost 600,000 small villages.
The next day we flew to Zhijiang, in Hunan Province, which was the operating base for General Claire Chennault and the Flying Tigers. When the Japanese attacked Pearl Harbor, this group of aviators was fighting alongside Chinese forces (both Communist and Nationalist) to defeat the occupying Japanese. During the dismal months just after Pearl Harbor, the Flying Tigers downed 300 Japanese planes while losing only 12, which I remember as a morale-boosting achievement. Some of the American veterans, their families, and Chennault's granddaughter joined a large crowd of Chinese for an emotional ceremony, where I spoke, and then helped unveil a large statue of the General at the site of the subsequent Japanese surrender. We then planted commemorative trees, in a temperature of 110 degrees Fahrenheit. The last time I sweated that much was in a South Georgia cotton field.
The next morning in Shanghai I participated in opening ceremonies of the International Friendship Cities Conference, attended by delegations representing hundreds of cities from about 50 nations. While I attended a series of meetings with the mayor and top party officials, Rosalynn visited and spoke at the Shanghai Mental Health Center. Later we met for a delightful visit to the World Expo, but only had time to visit the Chinese, American, and Spanish pavilions, leaving 180 others unexplored. China's presentations were breathtaking, and Spain's were colorful and exciting.
There is no way to describe the enormous changes taking place in China, with new highways, subways, high-speed rail, and extraordinary advances in architecture and education. (We are financing a large portion of our huge deficits by selling U.S. bonds to China, and now owe almost $1 trillion.) Their society is highly disciplined and benefits from long-range planning and financing that seems to be unlimited. It is interesting to note that Communist Party officials at any place are always preeminent as compared to mayors, governors, and presidents of universities. The Party is now actively recruiting the most outstanding young people, and the very serious students consider fluency in English to be a key to future success.
Our last day was spent in Changsha, again in Hunan Province, where the main event was a visit to Hunan University, observing its 1034th year of teaching. There are large statues of Confucius and Mao Zedong. Mao was not considered to be qualified as a student, but it is said that he swam across a river and sneaked into some of the classes. I made a speech to several thousand students, participated in a discussion panel with Terry Adamson, Mary Brown Bullock, and Marianna Feld, and then answered a wide range of questions from the students. It is always interesting for me to speak to large university audiences in China where no headphones or other translation is needed. When students ask questions, they are easy to understand, often sounding like native speaking Americans.
We returned home after what was another interesting and successful visit. 

北朝鮮は取引したい(筆者訳) ジミーカーター NY TIMES寄稿文

カーター元大統領は北朝鮮に行ったのに、なぜか金正日総書記に会えなかった。この文章はNYタイムズに寄稿されたものだが、会えなかった理由はやはり書いてない。

しかし、この文章で分かることは、最近北朝鮮は平和を願っている。それを行動で示している。中国も北朝鮮の姿勢に期待しているーということだ。それと注目すべきは、日本との関係改善にも触れたようだ。

いつもの戦略かもしれないが、見守ることにしよう。

出典 http://www.cartercenter.org/news/editorials_speeches/nkorea-nytimes-091610.html

news

2010年9月16日
元米国大統領ジミーカーターによるこのオペ(公開論説)は、ニューヨークタイムズ紙の2010年9月16日版に掲載された。

私の北朝鮮と中国旅行中、私は北朝鮮が米国と韓国、韓半島の非核化に関する包括的な平和条約交渉を再開したいという強力なシグナルを受けた。

そのような合意のコンポーネントはほぼ一定過去16年間続いている。最小は1994年に初めて米国と北朝鮮の指導者金日成の間で確認され、2005年9月の多国間協定交渉で繰り返された。

基本的な規定は、簡単に兵器級プルトニウムを生産することができる北朝鮮の古い黒鉛減速原子力炉、およびすべての関連施設や製品は、検査の下で、国際原子力機関で無効にされる必要がある。その原子炉は、シャットダウンされて、新しい発電所が建設されるまで、米国は、燃料油や北朝鮮への電力を提供する必要がある。米国が核攻撃や北朝鮮に対する他の軍事行動の脅威を行わないとの保証を提供する必要がある。米国と北朝鮮が政治経済関係の正常化と平和条約締結に向かい、より良い関係が、北朝鮮、韓国と日本の間に実現すべきである。さらにすべての当事者がエネルギーの経済協力、貿易と投資を強化すべきだとしていた。

2002年に、クリントン政権が成立した包括的な合意はブッシュ大統領が否認した。 北朝鮮はプルトニウムの再処理、2006年に核実験を行い、米国、韓国、中国、日本、ロシアとの協議がよい進展をみせた。

しかし、この状況はその後悪化して:交渉は2009年から止まっている。国連は北朝鮮の二度目の核実験後、長距離ミサイル発射後、北朝鮮制裁を強化し、北朝鮮は、離散家族の再会を禁止した。

緊張はまだ高い、今年、自国の領土に入り込んだゴメスと韓国漁船の乗組員を拘束した。

しかし、現在交渉を再開し、非核化と平和への取り組みの基本的な規定を受け入れる平壌から意欲の明確なシグナルがあります。

7月に、北朝鮮当局は、金正日との面会のため私を平壌に招待、北朝鮮の指導者は、ゴメスを釈放した。 私を招待した人々は、誰の要請であろうとも囚人の釈放は名誉なことだと語った。 彼らは、私が非核化と金日成が1994年の彼の死を前に結ばれた平和協定を復活させるに役立つかもしれないと希望していた。

私はこの招待状は、ホワイトハウスに連絡し、8月中旬に、私の訪問の承認が与えられた。その後北朝鮮は、ゴメスはすぐに病院から刑務所に送られる。その金正日は、もはや私とは会えない。 (私は後に金正日は中国にいると知った)

私は平壌でゴメスの自由を要求し、彼の再審、恩赦と釈放のための36時間を待たなければならなかった。 私は訪問中、金英南、6者協議の北朝鮮代表金桂寛外務次官と会談した。二人とも、前回の私の訪朝時金日成と私の交渉に参加していた。

彼らは、私は公式の立場ではなく、アメリカ政府の立場を代表できなかったが、私は彼らの提案に耳を傾け質問をした。私がアメリカに戻って、ワシントンへのメッセージを伝えた。

彼らは、これまでの10年間、日本の小泉純一郎首相、韓国の金大中大統領と築いた良好な関係を拡大したいと私に語った。

彼らはいくつか最近のアメリカの行動に懸念を表明した。これには不当な制裁や、核攻撃や韓国との挑発的な軍事演習といった明らかな侵入を含めている。

それでも、彼らは、彼らがは平和と非核化への希望を行動で示す用意ができている。 彼らは6者協議について"死が宣告されたが、まだ執行されていない"と語った。

次の週に私は北京を訪問した、私が北朝鮮にいる間、金正日総書記は中国の指導者に同じ視点を示した。その彼は後に韓国漁船の乗組員を発表し、離散家族再会の再開を提案した。これらの前向きなメッセージを北朝鮮は積極的に実現しようとしている。中国も積極的に6者協議の再開を推進しています。

朝鮮半島の和解はアジアの平和と安定に重要であり、それが長期にわたって遅れている。 北朝鮮からのこれらの肯定的なメッセージは、積極的に、遅滞なく、プロセスの各ステップを慎重かつ徹底的確認し、実現していく必要があります。

edition of The New York Times.

During my recent travels to North Korea and China, I received clear, strong signals that Pyongyang wants to restart negotiations on a comprehensive peace treaty with the United States and South Korea and on the denuclearization of the Korean Peninsula.

The components of such an agreement have been fairly constant over the past 16 years, first confirmed in 1994 by the United States and Kim Il-sung, then the North Korean leader, and repeated by a multilateral agreement negotiated in September 2005.

The basic provisions hold that North Korea's old graphite-moderated nuclear energy reactor, which can easily produce weapons-grade plutonium, and all related facilities and products should be disabled under inspection by the International Atomic Energy Agency; that while the reactor is shut down, the United States should provide fuel oil or electric power to North Korea until new power plants are built; that the United States should provide assurances against the threat of nuclear attack or other military actions against North Korea; that the United States and North Korea should move toward the normalization of political and economic relations and a peace treaty covering the peninsula; that better relations should be pursued by North Korea, South Korea and Japan; and that all parties should strengthen their economic cooperation on energy, trade and investment.

The comprehensive agreement reached by the Clinton administration was disavowed in 2002 by President George W. Bush. Nevertheless, although North Korea reprocessed fuel rods into plutonium and tested nuclear explosives in 2006, good progress was made in its talks with the United States, South Korea, China, Japan and Russia.

But conditions have since deteriorated: the talks stopped in 2009, and that same year the United Nations imposed sanctions on Pyongyang after it conducted a second nuclear test and launched a long-range missile. North Korea also prohibited reunions between North and South Korean families.

Tensions grew still higher this year when North Korea detained an American, Aijalon Gomes, whom it accused of crossing into its territory, in January and a South Korean fishing crew in August.

However, there are now clear signals of eagerness from Pyongyang to resume negotiations and accept the basic provisions of the denuclearization and peace efforts.

In July, North Korean officials invited me to come to Pyongyang to meet with Kim Jong-il, the North Korean leader, and other officials to secure the release of Mr. Gomes. Those who invited me said that no one else's request for the prisoner's release would be honored. They wanted me to come in the hope that I might help resurrect the agreements on denuclearization and peace that were the last official acts of Kim Il-sung before his death in 1994.

I notified the White House of this invitation, and approval for my visit was given in mid-August, after North Korea announced that Mr. Gomes would soon be transferred from his hospital back to prison and that Kim Jong-il was no longer available to meet with me. (I later learned that he would be in China.)

In Pyongyang I requested Mr. Gomes's freedom, then had to wait 36 hours for his retrial, pardon and release. During this time I met with Kim Yong-nam, president of the presidium of the North's Parliament, and Kim Kye-gwan, the vice foreign minister and chief negotiator for North Korea in the six-party nuclear talks. Both of them had participated in my previous negotiations with Kim Il-sung.

They understood that I had no official status and could not speak for the American government, so I listened to their proposals, asked questions and, when I returned to the United States, delivered their message to Washington.

They told me they wanted to expand on the good relationships that had developed earlier in the decade with South Korea's president at the time, Kim Dae-jung, and Prime Minister Junichiro Koizumi of Japan.

They expressed concern about several recent American actions, including unwarranted sanctions, ostentatious inclusion of North Korea among nations subject to nuclear attack and provocative military maneuvers with South Korea.

Still, they said, they were ready to demonstrate their desire for peace and denuclearization. They referred to the six-party talks as being "sentenced to death but not yet executed."

The following week I traveled to Beijing, where Chinese leaders informed me that Mr. Kim had delivered the same points to them while I was in Pyongyang, and that he later released the South Korean fishing crew and suggested the resumption of family reunions. Seeing this as a clear sign of North Korean interest, the Chinese are actively promoting the resumption of the six-party talks.

A settlement on the Korean Peninsula is crucial to peace and stability in Asia, and it is long overdue. These positive messages from North Korea should be pursued aggressively and without delay, with each step in the process carefully and thoroughly confirmed.

Jimmy Carter, the 39th president, is the founder of the Carter Center and the winner of the 2002 Nobel Peace Prize.

2010年9月17日金曜日

「北当局、後継者キム・ジョンウン写真公開した」

日本語版も公開されるでしょうが、一足早く翻訳します。

知り合いが訳した内容です。

複数消息筋「労働新聞画報に入れて配布…20日住民に公開」

デイリーNK シン・ジュヒョン記者| 2010-09-17 10:45

北朝鮮当局が中央党に続き地方党幹部級にもキム・ジョンウンの写真を直接公開したと複数の北朝鮮内部消息筋が伝えてきた。  

かれらによれば北朝鮮はキム・ジョンイルの中国訪問が終わった今月の初めから労働新聞『特集画報』(主要行事やキム・ジョンイルの動静に関し写真だけを入れて配布する画報)を製作して地方道党と市党に配布した。 消息筋はこれを『1号画帳』と呼んだ。

この画報はキム・ジョンイルが訪中当時撮った写真が大部分。 ここにキム・ジョンウンの写真が4~5枚程度含まれていると分かった。 消息筋は「来週からは住民たちにも直接見せろとの方針が降りてきた」と話した。

この写真の中の一枚は、キム・ジョンウンが父と違い洋服を着て中国政府関係者たちと歓談していたと消息筋は伝えた。

消息筋はこの写真が「今回撮影された」とした。9月訪中当時撮影した可能性が高いが、5月訪中で撮影したものである可能性も完全には否定できない。 

韓国政府関係者も「キム・ジョンウンの写真が配布されているという情報を入手し注目している」と話した。 ウォン・セフン国家情報院長は13日国会情報委員会報告で「キム・ジョンウンの最近写真を確保している」と述べたことが分かっている。

2010年9月16日木曜日

党代表者会10.10党創建日以前に延期

 

延期の理由もしっかり伝えない。北朝鮮という国は理解しがたい。

韓国の対北人道支援団体である『Good Friends』が最新ニュースで党代表者会の延期が正式決定されたと伝えました。

http://www.goodfriends.or.kr/n_korea/n_korea1.html?sm=v&p_no=8&b_no=11325&page=1

[366号] 366号2010.09.15 606

今年44年ぶりに開く予定だった党代表者会は9月14日夕方結局延期になった。 その間平壌に集結して会議開催を待っていた代表らに今朝正式に通知された。 本来今回の代表者会日程は4日から参加者登録を始めて事前日程を消化した後、7-8日会議をし、9.9節行事まで参加して終えるということだった。 そうするうちに遅れ、これまで開かれずにいた。 遅延の正確な原因を知らないのは平壌に集結した代表者たちも同じだった。 キム・ジョンイル委員長の健康不安や後継問題に起因する葛藤など色々なうわさがあった。 一部幹部の間には会議が今月末に延期になるという噂が広がりもしたが、全国的に代表者が再び集まるのは容易ではないので、どうにか今回の機会に開くだろうと引き続き待つ雰囲気であった。  

昨日最終的に会議延期を確定したが、その原因は定足数未達のためであることが分かった。 9月4日に参加者登録を始めた時、参加者数の半分がまだ参加できない状態であった。 9.9節行事を終えた後まで待ったが、昨日夕方までも定足数が不足し、結局延期することに決めたという。 参席者の1人は「今回知らされたのは、各道から参加しなければならない代表者たちが水害で道路が途切れ、道が塞がり、まだ到着できない人数が多かったため」と語った。

今回の会議で後継構図が確定すると発表されたが、代表者が不足した状態であえて代表者会を開催し無理に後継を公式化する必要はないというのも理由であった。 また、現在全国の食料事情がかなり厳しく、水害被害で全国の住民が塗炭の苦しみにある状況も後継者公式登場に不利と判断した。 住民の不信と不満が後継者に向けられ得るので、少なくとも水害復旧と食料事情が好転する名分があってこそ後継者が堂々と登場できるのではないかということだ。 

会議参加者に配布する会議文書も準備されていたが、こうした事情で会議開催日程はもう少し先送りすると見られる。 キム・ジョンイル委員長も代表者の集結を待ちながら現地視察などの日程を消化し14日平壌に到着したと伝えられた。 しかし参加者数が不足した状態で無理に会議を開催する理由がなくなり、ひとまず会議開催日程の延期を公式に決めた。 しかし大部分の代表者は今朝まで会議が開くと期待していた。 現在は党代表者会がいつまた開かれるのかまだ確定していない。 今月末ごろ党代表者会の日程をまた議論し、10・10党創建日以前に開催する方向にまとまるとみられる。 代表者会延期の消息を聞いた代表者らは平壌を離れて地元に向け帰り始めた。

2010年9月14日火曜日

党代表者会の新義州洪水被害で9月中旬で延期

世の中は北朝鮮の党代表者会どころではなくなっている。

民主党の代表選、漁船の衝突事故をめぐる日中のあつれき。それでもどうして、大々的に宣伝した会が開かれないのか奇怪である。

NK知識人連帯は、こんな風に伝えたが、他のメディアは大々的に伝えることもしておらず、理由はいま一つ不明。しかし、一つ言えるのは、この会を開く前に事態が動き始め、南北や米朝対話の機運が高まっている。

北朝鮮はしてやったりだろうか。


[ 2010-09-08 19:30:25 ]

管理者
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北朝鮮当局が党代表者会を9月中旬で延期すると分かっている。
8日NK知識人連帯消息筋によれば党代表者会を9月中旬で延期するという北朝鮮当局の発表があったという。
当初今週序盤開催が有力視された北朝鮮の第3次労働党代表者会が8日にも開幕しないことに把握されながら,北朝鮮内部である種の問題が発生したのではないかという観測らが提起されていた。
しかし北朝鮮が党代表者会議を延期する基本原因は新義州洪水被害のためだと北朝鮮内部消息筋が伝えられた。
現在新義州地域の水害被害が深刻で,住民世論もまた非常に良くないと伝えられている。
このような状況で党代表者会を開催するということが北朝鮮当局に負担として作用したようだと通信員は伝えた。
特に今回の党代表者会で金正日総書記の3男キム・ジョンウンを公式登場させようとしたらより一層負担になったことというものだ。
そうして8日現在中央の幹部らと平壌に上がった地方の党代表者などが新義州水害復旧現場に動員されているという。
したがって水害被害復旧がある程度はかどる中旬に党代表者会を開催すると予想される。
NK知識人連帯情報センター

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2010年9月12日日曜日

中国を信じない北朝鮮が、なぜ後継の説明に行くのか<米専門家>

 

ワシントンで開かれたセミナーの内容を伝える記事。そう言われれば、なんとなくおかしい。後継問題で理解を求めるため訪中したと新聞は書いているが、なんの根拠もない。

ただ、代を継いで親善を継続させるといった部分を捕らえて、そう解説しているにすぎない。


(ワシントン=聯合ニュース)ファン・ジェフン特派員=北朝鮮は中国を信じなくて,北朝鮮が中国から権力継承に対する承認を受けようとするという観測は可能性がないことという主張が提起された。

米国のシンクタンクのウッドロー・ウィルソン国際センターで北朝鮮国際文書プロジェクト コーディネイターを引き受けたジェームズ,パーソン研究員は8日'北朝鮮分かること'を主題で開かれたセミナーで"北朝鮮に対する政策が誤解に基づいて作られている"としながらこのように明らかにした。
彼は"中国が北朝鮮に対して相当な影響力やレバレッジ(テコ)を持ったと見ること"を誤解の最初例にあげながら"その理由は北朝鮮が中国を信じないでいるため"と話した。


パーソン研究員は中国が1980年代金正日に対する金日成の権力継承に反対したし,北朝鮮がどこよりも主権意識が強いところだと指摘しながら"今日北朝鮮が中国に権力継承承認を要請するということは考えにくい"と明らかにした。
彼は金正日の最近中国訪問が権力継承と関連があるという見解に対しても強い疑問を表明した。


徐デスク ハワイ大名誉教授はセミナーで北朝鮮の権力継承問題と関連,金日成で金正日での権力継承が20年に近い期間がかかりながらなされたという点を指摘しながら"権力継承は長い間の時間がかかり、簡単ではない"と話した。
彼はまた金正日が生きている時,後継者が指名されるべきで,金正日より若い世代から出なければならないという点などを北朝鮮住民たちが後継問題と関連して話すと紹介した。


国務省情報調査局で北朝鮮担当官を過ごしたロバート・カリー・スタンフォード大客員研究員は罠に落ちないためには技術的な問題と政治的状況,歴史的記録などを総合的に考慮して,北朝鮮に対する情報を分析して北朝鮮をながめる必要性があるという点を指摘した。
一方北朝鮮の魚雷攻撃による天安号沈没に対してその間疑問をずっと提起してきたジョーンズホプキンス大ソ・ジェジョン国際大学院教授はこの日セミナーでも韓国政府主導の合同調査団発表内容に疑問を繰り返し提起した。
jh@yna.co.kr

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2010年9月9日木曜日

北朝鮮が第三次核実験の可能性 RFA

北朝鮮は、普通の行動パターンには従わない。まさかやらないだろうと思う時期に思い切った瀬戸際作戦を行い相手の虚をついて、対話や譲歩に持ち込む。

ここに出てくる3人はいずれも保守派ではあるが、米国の軍事関係者も「後継者問題が微妙な時期こそ、核実験を行う」と見ているのが、不気味だ。

朝鮮日報はこう書いている。

北朝鮮による最近の動きは昨年の繰り返しではないかとの見解も聞かれる。北朝鮮は昨年4月の長距離ロケット発射、5月の2回目の核実験などで危機をあおった後、8月初めには、抑留していた米国人女性記者の釈放をえさにクリントン元米大統領を招くことに成功した。その後、北朝鮮は抑留していた開城工業団地の事業会社「現代峨山」社員やヨンアン号を釈放し、融和路線に転じた。さらに、南北首脳会談を打診してきた。今年は3月に韓国海軍の哨戒艦「天安」を爆沈し、南北間の緊張を高めておいて、8月末に抑留米国人を釈放するとして、カーター元米大統領を招いた。その後、韓国に水害支援を要求し、テスン号を釈放した点も似ている。


ワシントン2010-09-07 ラジオフリーアジア報道

MC:北朝鮮の金正日国防委員長が最近中国を訪問して,北朝鮮が3次核実験を敢行する可能性が出てきたという主張が出てきました。
詳しい便りをヤン・ソンウォン記者がお伝えします。
韓国国会の元ヒリョン前外交通商委員会委員長は去る3日韓国SBS放送の時事討論プログラムに出演して,最近中国を訪問した金正日委員長が追加核実験に対する中国側の了解を求めた可能性があると主張しました。
元ヒリョン:(北朝鮮が)核聖典(聖戦)を威嚇しています。

今回の(金委員長の)訪中で読まなければならないことは,中国に私たちが(北朝鮮が)できるなら6者会談に行って改革,開放に行くだろうが不如意である場合核カードを書くこともできるからその時とても驚かないとし,半分ぐらいはあらかじめ通知をしておけるということです。

現在韓国の政府与党のハンナラ党の事務総長を受け持っているウォン,チョン委員長は北朝鮮が現在改革,開放の道と核実験を通して,再度‘瀬戸際戦術’に出て行くところの岐路に立っているとしながら韓国と米国二国と北朝鮮と中国二国の対立状態が続きながら,北朝鮮が脱出口を探すことのできない場合追加核実験をする可能性があると説明しました。
共に討論会に参加した韓国国防研究院(KIDA)のキム・テウ博士も北朝鮮は核実験だけでなくミサイル発射実験も可能だとしながらウォン,チョン委員長の主張に同意しました。

キム・テウ:技術的には核実験がいくらでも可能です。
そしてそこに少し足りないがミサイル発射を通した意志誇示はいつも可能なことです。
北朝鮮が内部的に威嚇を感じれば感じるほど外部でそのように突出するようになっています。

米国トプス(Tufts)大学プルレッチョ(Fletcher)外交大学院のイ・ソンユン教授も8月末発刊された外交専門紙の‘フォーリンアフェアズ’に寄稿した文で北朝鮮が数カ月中に追加核実験を敢行できると主張しました。
この教授は'平壌(ピョンヤン)の脚本(The Pyongyang Playbook)'という題名の寄稿文で北朝鮮は1960年代以後挑発行為で危機を高めさせた後平和というしん気楼のような約束を代価で譲歩を引き出す非常に一貫した交渉形態を見せてきたと説明しました。
したがって北朝鮮の脚本のとおり動かないでいる米国オバマ行政府と来年始め交渉を始められるように北朝鮮は数カ月内に3次核実験ができると彼は推定しました。
特にこの教授は3台世襲を追求している金委員長が経験がない後継者に軍部の信頼を得るようにして正統性を付与するという側面でも核実験をする必要があるとしながら10月10日北朝鮮朝鮮労働党創建記念日などを北朝鮮の追加核実験が可能な日に選ぶこともしました。

一方先立って米国国務省側は最近北朝鮮側と対話を再開する条件を明らかにしながら,北朝鮮が挑発行為を打ち切って6者会談で約束した核廃棄義務を履行すること,また天安(チョンアン)ハム事件に対して責任を負う姿を見せることなどを指摘しました。

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2010年9月8日水曜日

ジョンウンも訪中していた

亜州週刊の記事 訳している暇がないのでそのまま転載

金正日攜子訪華承諾經濟藍圖 .江迅

金正日攜三子金正銀訪華,但不在訪問團成員名單上;中朝雙方議定朝鮮經濟開放藍圖,涵蓋長春、吉林、圖們江區域,開放羅津、清津港口,落實中朝俄三國聯運,納入中國「十二五」規劃。


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朝鮮將被形勢所迫,融入中國開放步伐,中朝經濟合作的新經濟政策將陸續出台。這是六十八歲的朝鮮最高領導人金正日三個月內再度訪華的言談和行程留給人們的重要信息。於八月二十六日至三十日,金正日訪問了中國的吉林和黑龍江兩省。以吉林省為主導、黑龍江省參與的圖們江區域合作開發的核心區「長吉圖開發開放先導區」,以及向東北亞開放的東北三省沿邊近海區域建設,已納入中國「十二五」規劃(第十二個五年規劃,二零一一至一五年),這一規劃建議將在十月舉行的中共十七屆五中全會上審議。時隔四十四年恢復舉行的朝鮮勞動黨代表大會也將於九月上旬在平壤舉行,會議也將有新經濟政策出台。因此,金正日趕在此前訪華,要為他的新政作出部署。

金正日出國行程都走陸路,十分低調。朝鮮孤立於國際社會,使這個神秘國度的最高領導人每次外訪都格外矚目。西方和韓、日媒體的「追蹤性報道」幾乎到了瘋狂地步。這些媒體更關注的是金正日第三子金正銀是否隨行訪華。北京對外聯絡部對此回應說,「金正銀並不在中方邀請名單內」。不過,據負責金正日此行的哈爾濱官員透露,金正銀作為家屬隨同父親一起來,只是不在朝鮮代表團正式名單內。

九一年,蘇聯解體,金正日父親金日成憂心如焚,十月再度訪華,與中國協調戰略,江澤民、楊尚昆與其會談,鄧小平則以私人朋友身份會見。金日成當時向中共通報,因年齡關係,他將逐漸退出執政一線,讓兒子金正日主持工作,希望江、楊對金正日多加關照。如今,患病的金正日也覺得讓兒子接班刻不容緩,須盡快像父親過去那樣求得中國理解。二十七日晚,胡錦濤為金正日舉行歡迎晚宴,金正日說,「世世代代加深和發展朝中友好關係,成了維護東北亞和平與穩定的重要問題」,「在瞬息萬變的國際局勢下,將中朝友誼的接力棒順利移交給下一代人,是我們的歷史使命」。

據北京外交部人士透露,中國外交部部長助理胡正躍為團長的外交部代表團七月二十六日抵達平壤訪問,此行朝鮮就是安排金正日訪華行程而與平壤當局磋商。金正日繼今年五月訪問遼寧後,此次接連訪問吉林、黑龍江省,東北三省都已訪問完畢。五月訪華時,金正日專列為十七節車廂,而這次是二十六節車廂,多了九節。除了朝鮮國防委員會、黨中央書記部長、外務省等一眾官員外,還有黃海北道、平安北道、慈江道等地方官員,以便借鑑吉林、黑龍江的發展經驗。

朝鮮與中國的跨境鐵路有三條,新義州至丹東、南陽至圖們、滿浦至集安。其中,滿浦和集安鐵路主要用於貨物運輸,外訪不乘飛機的金正日,他的專列從來沒有走過這條鐵路,以往五次訪華都選擇新義州至丹東路線,如今選擇滿浦至集安出境,再從延邊朝鮮族自治州回國,就是出於長吉圖開發的考察有關。

朝鮮外交官在長春與中方外交官交談時慶幸說,好在當初沒有選擇走「新義州——丹東」路線。八月下旬朝鮮平安北道新義州地區洪水泛濫而損失嚴重,有近八千戶住房被毀,七千餘畝農耕地被水淹沒,大量電力設備、鐵路路基遭破壞,如當初安排金正日走新義州至丹東路線,勢必構成影響。

朝鮮勞動黨總書記、國防委員會委員長金正日上次訪華是五月上旬。如此密度訪華,可謂「史無前例」,有北京學者認為,「這預示朝鮮半島局勢將出現重大變化」。八月二十七日,在吉林省長春,中共中央總書記胡錦濤與金正日會談,據北京外交部人士說,除了金正日贊同盡快重啟六方會談外,這次是金正日第一次高調和真正意義上評價中國改革開放成就,並明確表示要學習中國經驗。

金正日說,「改革開放後,中國取得迅速發展,處處煥發勃勃生機。我是這一歷史進程的見證者」,「這充分證明中國黨和政府提出的振興東北地區等老工業基地戰略、實現區域協調發展的方針非常正確」,「相信在中共領導下,中國人民一定會勝利完成『十一五』規劃,順利開啟『十二五』規劃。朝鮮當前致力於發展經濟、改善民生,希望加強同中方的交流合作」,「吉林是我曾經生活過的地方,這次故地重遊,看到這裏的巨大變化,深受震動,感觸很多。東北地區與朝鮮接壤,山川地貌相近,工業結構相似。朝鮮要加強同中國東北地區的交流合作,認真研究中國經驗」。

據悉,中國與朝鮮的合作,雙方定下「政府主導、企業為主、市場運作、互利共贏」十六字原則。金正日這次重點考察的是吉林。長吉圖開發開放先導區的主要範圍是圖們江區域的核心地區,即吉林省範圍內的長春、吉林市部分區域和延邊州。延邊州州長李龍熙說,《中國圖們江區域合作開發規劃綱要》引起了朝鮮的關注,朝鮮年初批准延邊州對面的羅先市為直轄市,賦予一系列優惠政策和行政權力,就是應對《規劃》實施給他們帶來的機遇。延吉市與朝鮮毗鄰,海路運輸開通了借朝鮮、俄羅斯港口到達韓國、日本海陸聯運航線。琿春市作為中國唯一的縣級市口岸群所在地,方圓二百公里半徑內分布著朝鮮、俄羅斯十多個港口。琿春可通過公路或鐵路與這些港口相連接,實現「借港出海」。

國際通道建設能為長吉圖流域發展口岸經濟搭建平台。透過中國圖們——朝鮮豆滿江——俄羅斯哈桑鐵路通道,可實現中朝俄三國聯運;透過朝鮮羅津、清津港輻射中國東部沿海地區及韓、日、俄,中國圖們市距朝鮮羅津、清津港的鐵路線長僅一百六七十公里,水上通道開通經羅津港、清津港到韓國束草、釜山海上運輸線,圖們市的內貿物資跨境運輸業務,路線為圖們——羅津港、清津港——上海、廣州、江浙地區。由此可見,朝鮮掌握著這一規劃成功的鑰匙之一。長吉圖如果不能確保透過羅津港或清津港進入東海的路線,就難以成為東北亞物流核心基地。

因此中國也迫切需要朝鮮的合作。據悉,金正日在這次訪華中對羅津、清津港的合作開放作了明確首肯,其中包括延長目前使用的羅津港一號碼頭十年使用權。吉林社科院一位學者分析說,金正日已感覺到自己時日有限,如不在自己還能控制局面的時候走出開放的第一步,朝鮮的經濟就不能獲得大發展,他急於在九月召開黨代會時推出開放措施,他參觀眾多的圖們江流域的中國企業,就是一種印證。

正當金正日在吉林時,八月二十八日,第六屆中國延吉.圖們江地區國際投資貿易洽談會在吉林省延吉市揭幕,來自美、日、韓、俄、朝鮮、加拿大、墨西哥、印尼、馬來西亞等二十六個國家和地區的經貿團體出席。朝鮮首次參加此類洽談會,朝鮮金策市人民委員會副委員長李福日說,朝鮮有計劃明年舉辦與此類似的貿易洽談會,屆時將邀請參與洽談會的所有國家參加。

金正日說,中國東北地區是朝中友誼的發源地,也是金日成二十世紀三十年代活動的地區。安排金正銀隨同訪問,可一起追尋金日成的足跡。二十六日,他由朝鮮滿浦越過中朝邊境,在吉林市參觀了金日成日本殖民地時期就讀的毓文中學和抗日遺址北山公園。這兩地被朝鮮當局認為是繼承「革命傳統」的聖地。

參拜抗日聯軍紀念塔

二十七、八日,金正日參觀了長春國際農業食品博覽會和吉林農業大學。二十八日晚上九點離開吉林市,午夜抵達黑龍江省哈爾濱市。他參觀了哈爾濱工業大學、哈爾濱飛機工業集團、農業機械博覽會、開發區、松花江太陽島公園。三十日上午離開哈爾濱,前往牡丹江,在北山公園,參拜了東北抗日聯軍戰績紀念塔。下午六時半抵達圖們市,二十分鐘後越過中朝邊境,返回朝鮮南陽。

金正日自一九九七年就任朝鮮最高領導人後,已五次訪華,前四次是二零零零年、零一年、零四年和零六年。幾乎每次金正日訪華後,朝鮮都會有積極舉措出台。今次金正日第六次訪華,他會否推出經濟新政,已引發人們關注。■

2010年9月7日火曜日

豪華な生活ぶり もう一人の息子

香港の英字紙、サウスチャイナモーニングポストが金正男の生活ぶりを伝えた。

この新聞は香港、マカオをベースにしているので、じっくり取材しているはずである。

 正男は現在、マカオで父親から毎年50万ドルの送金を受けて、2番目の妻の鄭某(35)氏と息子(14)、娘(12)と共に生活しながら、贅沢な余暇を楽しんでいる。

 彼はマカオで2500万パタカ(38億ウォン)のマンションなど、2軒の高級住宅を所有しており、5星級ホテルとブランドショップ、高級レストラン、ナイトクラブ、カジノなどで時間をつぶしている。

以下に中央日報のインタビュー記事

http://jsmind.blog18.fc2.com/blog-entry-2500.html

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0311&f=national_0311_050.shtml 

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South China Morning Post

September 5, 2010 Sunday

NEWS; Pg. 3

1278 words

Luxury exile of Kim Jong-il's banished son;
Man once groomed to rule North Korea lives life of leisure in Macau

Mark O'Neill in Macau

Last week, while North Korean leader Kim Jong-il was presenting his youngest son to Chinese leaders as his chosen successor, his first born and the man who should have succeeded him was leading a life of leisure and luxury in Macau, costing his father US$500,000 a year.

In Changchun , capital of Jilin province, Kim met President Hu Jintao and introduced Kim Jong-un, at 27 the youngest of his three sons and the one he has chosen to follow him as leader of North Korea.

At the other end of the country, his eldest son, Kim Jong-nam, lives with his wife and two children in a luxury home overlooking the South China Sea, passing his time in five-star hotels, brand shops, expensive restaurants, night clubs and casinos.

As Kim Jong-il's health deteriorates, Jong-un is the heir-anointed, but, young and inexperienced, he may not be accepted by the veterans of the Korean Workers Party and the military, the country's two most powerful institutions.

Twelve years ago Jong-nam was groomed to succeed his father, in the same way as he succeeded Kim Il-sung. He was given senior posts in the IT sector and the military. Then he, his son and two women were detained at Narita airport in May 2001, when he entered Japan on a fake Dominican Republic passport.

The public shame enraged his father, who banished him from high office in Pyongyang. Since then, he has enjoyed a gilded exile in Macau.

"We often see him here," said a staff member of the Lapa Hotel, formerly the Mandarin Oriental. "He comes here and other five-star hotels. I saw him three weeks ago. He does not appear to have a bodyguard. We talk in English. His is fluent, with an accent. He is easy going, with no airs."

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Another member of the staff said that Kim sometimes came alone, sometimes with friends and often wore casual clothes or shorts. "You can see him walk alone on the street. Sometimes he stays in the hotel."

On June 4 this year, a reporter from South Korea's Joongang Ilbo interviewed Kim in a restaurant in the Altira, another five-star hotel. He told him that his father's health was very good and he allowed himself to be photographed.

On April 7 last year, he gave an interview to a Japanese television reporter who asked him if he would succeed his father. "If I were the successor, would you see me in Macau wearing these casual clothes and talking a holiday? I am only the son of Kim Jong-il ? I am a North Korean citizen who has the right to live in Macau and China. To call me a fugitive from North Korea is completely incorrect. "

Macau people said Kim had two residences, one in the Zhu Wan Haoyuan, an area of luxury villas on the southern tip of Coloane island. It is the most expensive housing development in Macau, with units selling for 25 million patacas and many belonging to mainlanders. The other is in the urban area, where he sleeps after late nights in a karaoke bar, the casino or night club; his three bodyguards live here.

His son, 14, and daughter, 10, live with their mother in the villa, while a mistress lives in another apartment, which is rented, in the urban area. He has a third lady, his first wife, who lives with their son at a villa which he owns in Beijing. From 2005 to 2009, his son and daughter took part in camping, city excursions, charity work and outdoor trips with Macau's Lusophone Scouts, according to the Macau Closer magazine; they also went to Mass and sang Portuguese folksongs.

"He appears to have no bodyguard and live an ordinary life," said Ricardo Pinto, publisher of Closer. "He is never invited to government events because he has no official status, only a totally private position. Macau is a very safe place and allows him to travel to other places, like Beijing and Bangkok, where he likes to go. There are many Koreans here, he likes to gamble. Portugal recognised North Korea even before it recognised China. North Koreans have a long tradition of coming to Macau," he said.

Macau people say that Kim has a wide range of friends, including South Koreans, of whom thousands live in the city. He speaks Korean, English and French, which he learnt as a student at an international school in Geneva. He often takes buses and taxis.

Like his father, he likes brand goods, which he buys at shops in the five-star hotels. Sometimes he gambles, spending several thousand US dollars, with ordinary punters and not in the VIP rooms.

He divides his time between Macau and Beijing where he owns two homes, each worth about US$1 million. He also visits Bangkok, Vienna and Moscow.

Financing this lifestyle, including the education of his children at international schools, costs at least US$500,000 a year, which he receives in the form of two open cheques each year from his father.

Sipping brandy with ice in the bar of a Macau hotel was not the future Kim Jong-il had envisaged for his eldest son. Kim Jong-nam was born in 1971 to a film actress whom Kim Jong-il met in 1968 when he was deputy chief of the Propaganda Department and already married. Kim Il-sung never accepted her as a potential first lady since she was also married, three years older than Jong-il and the daughter of a rich landlord, a "class enemy".

So Jong-nam was born in secret and given by his mother to her sister, who was living in the Soviet Union, to raise. In 1975 Kim Il-Sung learned that he had a grandson and came to accept him.

The young boy was prepared for the highest office. During his birthday celebrations, he wore a military uniform. A month before his birthday on May 10, delegations arrived bearing gifts for him from Japan, Hong Kong, Germany and Austria; among the items were a diamond-encrusted watch worth US$1 million, a gold-plated toy gun, computer games and brand-name clothes and shoes.

He used to sit in the chairman's seat in the main meeting room in the palace; his delighted father saying that, after he grew up, he would occupy it.

In 1980, he went to school in Geneva, where he learnt English and French. While there, his father fell for a dancer, Ko Young-hee, who bore him two sons, Jong-chul, in 1981, and Jong-Un, in 1983.

In 1988, Jong-nam returned to Pyongyang as chairman of the National Computer Committee. In 1995, he was made a general and head of foreign counter-intelligence in the secret police.

His fortunes received a blow in 1996 when his mother's sister defected to the west and spoke publicly about the luxury and corruption of the regime. He was also hurt by Jong-il's estrangement from his mother and devotion to Ko Young-hee, who pressed the claims of her two sons. She was treated as the First Lady, a role his mother never had.

His mother became ill and went to Moscow for treatment. He is also believed to have upset his father by his praise for China and its economic reforms, suggesting that North Korea should follow suit.

In May 2001, he went with two women and his son to Tokyo to visit Disneyland. After he was stopped at Narita airport, carrying a fake Dominican Republic passport, he and his party were put on a plane to Beijing. The affair was leaked to the media and the regime was publicly humiliated. Jong-il exiled his son.

Macau has much to recommend it - it is part of China with good law and order and has excellent hotels, restaurants shopping and entertainment facilities.

Jong-nam spent a lot of time caring for his mother, who died in Moscow in 2002. He did not return to Pyongyang for the death of his step-mother in 2004, probably from cancer; Jong-il was broken-hearted.

But he returned in February 2008 with gifts from abroad for his father's 67th birthday and accompanied him during his illness. So, while Jong-il has excluded him from the succession, he remains on good terms with his father and can go home.

September 4, 2010

2010年9月5日日曜日

ジョンウンの人事 どこが近いか

基本的に北朝鮮の内部情報は、きわめて入手しにくい。ロイヤルファミリーに関しては特にそうだ。

それを踏まえた上で、党代表者会で、後継とされるジョンウンがどういう役職につくのか。最近の報道から予測を拾ってみた。

公式デビューするかどうか、役職はどこまで与えられるか、最高ポストの政治局常務委員が拡大されるか。まさに百家争鳴状態。

政治局常務委員入りするとの見方がけっこうある。特に共同通信は平壌発で自信満々に予測している。

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出所 朝鮮日報

金ジョンウン氏、党指導部へ 中央委員と政治局常務委員
2010年8月6日(金)16:40


 【北京、平壌共同】北朝鮮の金正日総書記の後継者に内定したとされる三男、金ジョンウン氏が9月上旬に平壌で開かれる朝鮮労働党代表者会で中央委員に選出され、党指導部入りする見通しであることが6日、分かった。党代表者会の直後に開かれる党中央委員会総会で政治局常務委員に選ばれる見込みという。金総書記の義弟で国防委員会副委員長に昇格した張成沢党行政部長も政治局常務委員に選出される見通し。 今回、ジョンウン氏が党指導部入りしても公表されない可能性が高い。しかし北朝鮮は中央委員ら党幹部の世代交代とともにジョンウン氏の党内基盤固めを図るとみられる。(共同通信)

チョン・ソンジャン世宗研究所研究委員は、「過去に金正日が1980年の党大会で選出された党の要職の党中央委員会秘書、党中央委員会政治局委員、党中央委員会政治局常務委員、党中央軍事委員などに選出される可能性が高いと判断される。キム・ジョンウンが金正日より大きな影響力を持った『キム・ジョンウン-金正日共同政権』による大きな変化が到来すると予想される」と話した。(デイリーNK)

 9月上旬に開催される党代表者会は「党最高指導機関の選挙」を目的としており、韓国国防研究院の白承周安保戦略研究センター長は、代表者会で「ジョンウン氏が政治局員などに選出される可能性がある」と分析する。北朝鮮問題専門家は、ジョンウン氏が党要職に起用されるとの見方でほぼ一致する。北朝鮮は2012年に軍事力と経済力を兼ね備えた「強盛大国」を建設する目標を掲げており、それまでに後継体制を確立するための布石とみられる。(読売)

 現在、金総書記1人のみとなっている、党中枢ポストの政治局常務委員に選出されるとの説のほか、金総書記が1973年以来、兼務している組織指導部長あるいは組織担当書記に就任するといった説もある。

 また韓国メディアによると今回、政治局常務委員を5人に増やし、「中国式集団指導体制」に転換するとの見方も出ている。その場合、新しい政治局常務委員には、金総書記の実妹の夫で、6月の最高人民会議で国防委員会副委員長に昇格し、事実上のナンバー2とされる張成沢党行政部長が選出される可能性が濃厚だ。(産経)

北朝鮮情勢を注視する外交筋の間では正銀氏が党の最重要幹部といえる政治局常務委員に選出される可能性も指摘されている。(中略)一方、北朝鮮の政権に近い関係筋は「今回の代表者会によって、実際には国防委員会の権限が強化される」という見方を示す。金総書記の義弟である張成沢(チャンソンテク)・国防委員会副委員長をはじめとする国防委幹部の多くが党政治局員に選出されることで、党と国防委の幹部がおおむね一致する形になる可能性が高いとの見方からだ。(毎日新聞)

今回の代表者会では、金正日総書記の後継者に三男ジョンウン氏を推挙する儀式を行うとしている。そのほか、党中央指導機関の選挙と党の路線・政策方向が主要議題になる見込みだという。(対北朝鮮人権団体「良き友人」)

北朝鮮「集団指導体制」に転換か 党代表者会で北朝鮮

2010.8.28 12:04

 北朝鮮が9月上旬に開く朝鮮労働党代表者会で、現在は金正日総書記1人となっている政治局常務委員を5人に増やし「中国式の集団指導体制」に転換すると報じた。北京の消息筋の話として伝えた。

金総書記の後継者に内定したとされる三男、金ジョンウン氏も政治局常務委員に選出され、正式に後継者となる見通しだという

 同紙によると、政治局常務委員には金総書記の義弟で、6月の最高人民会議で国防委員会副委員長に昇格した張成沢党行政部長のほか、軍部から最大2人が選出される予定。(28日付の韓国紙、東亜日報

一部の専門家は、この会議でジョンウン氏が公式に登場する可能性が高いとみている。金総書記の健康状態が不安定な中、北朝鮮が後継世襲体制の構築に力を入れて取り組んでいるだけに、これ以上遅らせるわけにはいかないからだ。ジョンウン氏は政治局常務委員や組織秘書などの要職には就任できなくとも、党中央委員に名を連ねるという形で「半分デビュー」を果たすことは可能とみられる。金総書記は1972年(30歳)に党中央委員、73年に党組織秘書、74年に党政治局員となり、80年には38歳で党政治局常務委員に就任し、権力を握った。

 一方で東国大学のキム・ヨンヒョン教授は、「最悪の経済難やジョンウン氏の経歴などを考慮すると、公式デビューは無理」との見解を示しており、このような見方は決して少数ではない。韓国政府の当局者は、「ジョンウン氏が公の場に登場した瞬間、金総書記の権力が一気に弱体化する可能性がある。権力とはどういうものかをよく知る金総書記が、息子にすべてを譲ることはないだろう」と述べた。このような観点から、「ジョンウン氏の後見人」とされる張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長らが前面に登場する可能性も指摘されている。また、権力継承について、北朝鮮では若手とされる50-60代の人物や、「先軍政治」の中心となる軍関係者が党の要職に就任するかにも注目が集まっている。(朝鮮日報)

これは代表者会ではないが、すでに役職についているとの見方もある。

金正日(キム・ジョンイル)国防委員長の後継者に内定した三男・金ジョンウン(25)が現在、労働党組織関連部署で「副局長級」として勤めていることが確認された。

また金ジョンウンの後継公式デビューは、早ければ来年から北朝鮮が「強盛大国」進入時期と公言した2012年の間に行われると、政府関係当局は分析した。

北朝鮮の後継体制と関連し韓国情報当局が把握した内容が公式確認されるのは今回が初めて。こうした内容は、政府が国会外交通商統一委所属の尹相現議員に非公開報告した国政監査資料で確認された。 (中央日報)

 

政治局常務委員会
政治局の上位機関で、事実上、朝鮮労働党の最高意思決定機関。政治局常務委員および政治局委員は党の最高幹部。1980年の第6回党大会時、政治局常務委員は5名いたが、1994年1月の段階で金日成(総書記・国家主席)、金正日(書記・国防委員長・朝鮮人民軍最高司令官)、呉振宇(人民武力相)の3名だった。同年7月に金日成が死去し、その後呉振宇も病死したため、2010年5月現在、政治局常務委員は金正日ただ1人である。

党代表者会はいつから?

重要な会議とされながら開催日さえ不明。こまった国である。9月9日は建国記念日なので、それの前の数日と考えられているが、この報道をみると、10日にも開かれるという説のようだ。

以下は聯合通信の報道。

北媒体、党代表会 報道'まもなく'‥開幕日'五里霧中'

(ソウル=聯合ニュース)キム・ソンジン記者= 44年ぶりに招集予告された北朝鮮労働党の第3次代表者会が今週開かれることが有力視されるが北朝鮮媒体らは行事参加者らの平壌集結など予備動向を全く報道せず、相変らず行事開幕日 自体が'五里霧中'の状態だ。

北朝鮮朝鮮中央通信と中央放送、平壌放送は4日午前今回の党代表者会の事前手続きで咸鏡南道と咸鏡北道、江原道、羅鮮市の党代表会が開かれたと明らかにした。 先立って北朝鮮媒体らは平壌直轄市と残り6道、主要都市らの党代表会開催の便りを別々に伝えたことがある。

だが、北朝鮮媒体らはその後の5日午後9時現在まで党代表者会開幕に先立ち予想される参加者らの平壌集結、行事登録、万寿台金日成銅像参拝なども報道しなかった。

こういう手続きが実際にまだ進行されなかったとすれば現実的に党代表者会の6日開幕は難しく、今週に開いても中盤や後半へ渡る可能性が高いと観測される。

こうした中北朝鮮内に通信員を派遣している韓国の対北朝鮮媒体らが伝える内容も大きく交錯して混乱を加えた。

北朝鮮短波ラジオ'開かれた北朝鮮放送'は5日北朝鮮当局が本来計画を遅らせて来る9~10日2日間党代表者会を開催する予定だと明らかにした。

この放送は複数の北朝鮮'党および軍消息筋'を引用、"当初6日とされた党代表者会本会議開幕が9日で遅れること"としながら"9.9節(北朝鮮政権樹立記念日)行事とともに党代表自晦本会議を開いて10日まで2日間進行する予定"と話した。

この放送は行事の延期背景と関連、"先月26~30日(キム・ジョンイル国防委員長の)中国訪問が急で差し迫るように企画されて進行されたようだ"としながら"合わせて北朝鮮あちこちの洪水被害で(地域党代表らの)移動に支障が生じたし各地域で解決しなければならない問題も多くなった"と説明した。

放送は引き続き"行事に参加する全国各地の代表らは7日から平壌に集結して8日まで登録を完了する予定であり一部海外居住代表らは6日頃北朝鮮に入国するだろう"と付け加えた。

一方、同じラジオ局の'自由北朝鮮放送'は北朝鮮の党代表者会がすでに4日始まって参加者らが登録手続きを踏んだし本会議は6~7日2日間開かれると伝えた。

この放送は平壌、平川区域住民の伝言を引用、"今回の党代表者会には全国の党幹部と情熱党員らはもちろん海外大使館働き手らも大挙参加する"としながら"党行事に海外大使館働き手らをこのように呼び入れるのは前例がない。今回の行事がそれだけ重要だという意味"と付け加えた。

sungjin@yna.co.kr