お知らせ

五味洋治のページです。主に韓国での北朝鮮関連報道を訳していますが、日本語で紹介されない記事を私の目でセレクトしています。私の執筆活動、経歴についても掲載しています。最近のお勧めは、北朝鮮の軍事関連報道です。日本のメディアが伝えていない細かなものまで拾っています。私がかつてここに書いた金正恩の性格分析は今も十分通用します。筆者へのご連絡はこちらをクリックしてください。コメントは実名以外受け付けません。

2011年12月30日金曜日

米議会調査局、金正日死去後の対北朝鮮政策分析 VOA

アメリカでは、もうポスト金正日体制へのオプションが本格検討されている。まあ結論は出ていないんだけれど、相手の出方を探るため、対話してみるかってことらしい。

文中の報告書はまだ、正式に発表されていない模様。

 

2011年12月29日木曜日

正恩の思いやり

http://www.nkis.kr/
金正日銅像建立で返金指示
名前:NKIS日:2011-12-28 11:24
照会:237

この手の思いやりを示す記事が興味深い。


27日 NK知識人連帯現地通信員によれば平壌を中心に金正日銅像を建設するための募金運動が始まったが、上の指示で中止されたという。
この募金運動は住民たちの志願によって,発議されたことで紹介されているけれど実際には今回の機会に上に忠誠心を見せて,点数を取ろうとする一部幹部らによって,助長拡大されたものという。
だが募金事業が拡大する渦中に「募金額全額を住民たちに返しなさい」という金正恩の指示が降りて、中止されたという。
金正恩は<金正日の銅像を建設することを希望する人民らの心に謝意を表するが、募金したお金を全部本人らに返しなさい>としたと伝えられた。
現在北朝鮮では多くの住民たちが秋ウン天気に弔問行事に参加するのを考慮して,各地域の焼香施設で暑い湯供給をするように組織して,弔問した献花ら中一部を集めておいてリサイクルすることができるようにしているという。
北朝鮮の労働新聞では平壌では金正恩が夜間に弔問する住民たちのためにバスを待機させ、砂糖を送ってくれて砂糖水を供給するようにしたと宣伝している。
現在住民たちはできるだけ発言を避けて沈黙する雰囲気という。
だが<献花リサイクルと弔問施設での暑い湯供給>等で金正恩は、金正日と少し違うのではないかと思う意見が回っているという。

 

 

こんな記事も

 

狙いは…正恩氏の一声で特別配給 スケトウダラやニシンに「涙が出る」

23日、金正日総書記の生前の指示に基づいて配給された魚
Photo By 共同

 北朝鮮の朝鮮中央通信は23日、金正日総書記の生前の指示に基づく平壌市民への魚の配給が同日始まったと報じた。祝日などに合わせ実施される「特別配給」とみられる。
 後継指導者の金正恩氏は「哀悼期間であっても、金総書記の愛情を一日も早く市民に届けなければならない」と実施を指示。正恩氏の発言が北朝鮮メディアで伝えられたのは初めてとみられる。同国は金総書記死去を受け哀悼期間中だが、正恩氏の一声で実施が決まったという。市民生活への正恩氏の配慮を強調する狙いがありそうだ。
 同通信によると、金総書記は死去前日の16日、配給に関する指示を出した。24日は総書記の母である故金正淑氏の生誕記念日であるほか、総書記が朝鮮人民軍最高司令官に就任した記念日。総書記の配給指示は、この祝日に合わせたものだった可能性がある。
 配給されたのはスケトウダラやニシンで、市民らは「生活向上のために金総書記が重ねた労苦を考えると涙が出る」「正恩同志の下、強盛大国建設に力を尽くしたい」と話した。
 同通信は10月、金総書記が平壌の商店を視察した際、魚の販売価格が高すぎると指摘し、自ら価格設定したとのエピソードを配信していた。(共同)

2011年12月27日火曜日

中国のミニブログから削除されたと伝えられるつぶやき。
北朝鮮に行く列車に乗っている外国人で、泣いていない人間は外に出された
と書いてある。

http://blogs.wsj.com/chinarealtime/2011/12/23/north-koreaforeign-tears-claim-prompts-weibo-freeze-out/

他にも記事がたくさんある。

http://jp.wsj.com/World/Europe/node_362425?mod=menu

"2011年独裁者らに最悪の年" voa

 

http://www.voanews.com/korean/news/korea/2011-BAD-YEAR-FOR-DICTATORS-136224363.html

 

正恩が新たな独裁者にならないように祈りたい。

 

2011年12月15日木曜日

米-朝,15日北京で食糧支援議論 rfa


どうやら動き出してきた。


2011-12-14
MC:米国国務省はロバート キング北朝鮮の人権特使が15日北朝鮮外務省のリグン米国局長を中国,北京で会って,対北朝鮮食糧支援問題を議論することだと明らかにしました。
ヤン・ソンウォン記者がお伝えします。


米国国務省のビクトリア ヌルロンドゥ スポークスマンは14日定例記者説明会で食糧支援と関連した米・北朝鮮間議論が15日中国,北京で開かれると発表しました。

insert(Nuland) Ambassador King is in Beijing today for talks tomorrow.
This follows up on conversations we've had in the past about whether the US will provide nutritional assistance to North Korea.

ヌルロンドゥ スポークスマンはロバート キング国務省北朝鮮の人権特使が北朝鮮外務省のリグン米国局長に会って,その間進行してきた食糧支援関連協議を続けさせることとしながら主に分配監視問題などを議論する予定だと紹介しました。

だが相変らず米国の対北朝鮮食糧支援有無が決定されたことは違うと強調しました。
ヌルロンドゥ スポークスマンはまた最近米国が食糧支援(food aid)という用語の代わりに栄養支援(nutritional assistance)という言葉を使い始めたことは栄養支援が食糧支援という用語よりさらに広い意味であるためだと繰り返し説明しました。

例をあげれば食糧支援は一般的に米や缶詰めなどの支援を意味するが栄養支援という話には他の用途で専用しにくい栄養補充剤や粉ミルクなども含むことができるという説明です。
先立って米国国務省管理は14日自由アジア放送(RFA)にキング特使が13日午後ワシントンを出発して,14日午後北京に到着したとして15日一日北朝鮮との交渉日程が決まっていると話しました。

それと共にキング特使の今回の中国訪問と現在北京に留まっている米国国務省のグリン デーヴィス対北朝鮮政策特別代表一行の訪中は何の関連がないと強調しました。

この官僚はデーヴィス特別代表が15日訪中日程を終えれば直ちに米国に戻る予定だと説明しました。

また他の国務省高官も14日今回の米・北朝鮮間食糧支援協議がよくなされれば第3次米・北朝鮮高位級対話が今月中に開かれることかという自由アジア放送(RFA)の質問に対北朝鮮食糧支援問題と北朝鮮核問題は全く別個としながら,この二懸案は関連がないと繰り返し強調しました。

2011年12月14日水曜日

管理できない北朝鮮を管理するということ レオン・シーガル コリアファイルより転載

社会科学評議会 北東アジア安全保障プロジェクト・ディレクター

ハフィントン・ポスト 2011年10月31日

北朝鮮との真剣な交渉を拒むことによって、オバマ政権は新たな対立への運命的な一歩を踏み出した。
先週ジュネーブで行われた二日間(10月24~25日)の会談の後、米国と北朝鮮の交渉担当者たちは、会談結果について平静を装っていたが、米国務省のビクトリア・ヌランド報道官は「ある程度、隔たりは狭まったが、劇的な進展はなく重大な問題が依然として存在する」とはっきり述べた。たとえ再び会談が行われても、ワシントンの気持ちが変わらない限り、それは短命に終わりそうである。
ピョンヤンは交渉に対してオープンな姿勢でいるようだ。会談直前の報道機関とのインタビューで金正日は、中国とロシアにすでに述べたこと、すなわち「6者会談は前提条件なしにすみやかに再開すべきである」ことを再確認した。かつて彼は、交渉が行われていた間、北朝鮮がミサイル発射と核実験を凍結すると約束していたが、「前提条件なし」ということは、プルトニウム・プログラムの再開に必要な新しい燃料棒を搬出するばかりか、ウラン濃縮を凍結し寧辺核施設への査察官の立ち入りを許す意志があるという北側の姿勢を強調したことになる。ただし、それはエネルギー支援という見返りがある場合のみである。
ワシントンは、彼が語ったことが外交上のギブ・アンド・テイクを意味するものなのかどうかテストする代わりに、ピョンヤンが前提条件を満たすべきだと言い張っている。ある政府高官は、会談への復帰を語りながらも「われわれには悪行に報酬を与える用意はない。また、われわれは彼らが責任を果す誠意を示さない限り、次の段階へ進む用意もない。すなわち、これは率直に言えば、マネージメント(管理)戦略である」と語った。政府当局者が情勢のマネージメントについて述べる時は、政策を持ち合わせてはいない。
米国側の交渉責任者であったスティーブン・ボスワースが退任した。彼を引き継ぐ国際原子力機関(IAEA)担当大使であったグリーン・デービスは、政策の空白を露呈する可能性がある公聴会を損なうことなく、これを自分の課題に付加えるかもしれない。
トラブルを食い止めるための取引を避けることによってワシントンは、対話に失敗した過去の北朝鮮との交渉が成功していたという苦労して得た教訓を無視している。ピョンヤンは1991年の北南共同宣言と94年の枠組み合意で約束した通り、12年間プルトニウムの再処理を中断し、1999年にウィリアム・ペリーに約束した通り、7年間ミサイル発射を留保した。北朝鮮との取引でワシントン側がそもそもみずからの義務を果たさなかった後の長い間のことである。
北朝鮮はさらなる対話に合意するかもしれないが、長い間ではないであろう。その間にもウラニウムの濃縮は続けるであろう。来年、北朝鮮はプルトニウム・プログラムに再着手し、ミサイル発射実験を再開し、保有しているとされる新たな核弾頭の実験を行う可能性がある。北朝鮮が、わずかな核爆弾でも保有することはとても良くないし、弾道ミサイルで運搬できる数十の核弾頭を保有することはさらに良くない。
北朝鮮の際限のない核武装は、地域と世界における米国の安全保障にとって重大な結果をもたらすであろう。それは核拡散を阻止するというオバマ大統領の決意に疑問を投げかけるであろう。それはまた、短期的には米国の同盟関係を強化するが、結果的には、南朝鮮と日本に自国の安全保障を米国に頼っていることについて疑問を抱かせることになろう。すでにソウルの一部では、米国の核兵器を朝鮮半島に戻すこと、あるいはさらに悪いことに、南朝鮮の核兵器プログラムの再開-それはワシントンが過去に2度阻止することに成功した-を求めている。それはまた、米国を信用せず核武装を好む東京の右翼ナショナリストの力を強めることになろう。もっとも悪いことに、それは米国が取引を拒否することを知っている中国とロシアが支持したがらない、国連による追加制裁の機運を促すことになろう。それは、ワシントン内に中国とロシアに対抗すべきとの圧力を生み、それによって、同盟諸国を危険にさらすだけのアジアにおける新しい冷戦が始まることにもなりかねない。
なぜ、オバマ政権は交渉を拒むのか?その答えは党派政治にある。対話に向けた動きについて、ジョン・カイル上院議員とイリアナ・ロス‐レイティネン下院議員率いる共和党の人々はピョンヤンとのいかなる取引にも反対すると警告した。
米国はもはや、国家の安全保障上の利益を無視し、国内政治が外交政策を駆り立てることを許容するほど豊かで強力な国ではない。南朝鮮のような同盟国は、望むものを得るためにワシントンでロビー活動を行うことを学んだ。この歪んだ政治的プロセスによって、ワシントンは時々、同盟を他の目的のための手段というより、むしろ目的そのものとして扱うようになった。
北朝鮮のように非常に弱い国々は危険を覚悟で自国の安全保障を無視する。一部の観測者たちは北のイデオロギーか指導者の交代期の国内政治に動かされているかのように誤解しているが、ピョンヤンは安全保障を追及するうえで妥協したことがない。北朝鮮は、1980年代後期まで、同盟国である中国とソ連を互いに競わせていたが、ソ連が崩壊し中国が資本主義の道に進むと、自国の安全保障のために米国、南朝鮮、日本との長年の敵対関係を終わらせる道へと進んだ。同時に、北は核兵器とミサイル開発を強化しその行使を準備し、そして行使した。北は自国の兵器プログラムをアメとムチ-協力を得るための誘引とワシントンを友人にするための脅し-として利用してきた。北が再び中国とロシアを競わせ、兵器の増産と改良に備えている今、その戦略は変わりつつあるようだ。
衝突を回避する唯一の希望はソウルにある。李明博大統領はワシントンへの公式訪問の際ピョンヤンに圧力をかけて非核化させるという、いわゆる「原則的立場」を再確認したが、ソウルにおける政治の風向きは変化しているようだ。4月の国会議員選挙と12月の大統領選挙で負けるかもしれないと危惧している与党議員たちは、李に強硬派の統一相の解任と北の開城工業団地への経済協力の強化を訴えるようになった。しかし、ソウルにおける好転は、すでに手遅れで金正日の打つ手を止めることができていないようだ。
管理できないものを管理することは出来ない。もし、ワシントンが北朝鮮からただで何かを得ると主張するなら、得るのはトラブルだけであろう。("Managing an Unmanageable North Korea" by LEON V. SIGAL, Director of the Northeast Asia Security Project at the Social Science Research Council, 0ct.31 2011, Huffington Post.com)

2011年12月13日火曜日

張哲賢 2011 12 10 国際セミナー報告

拉致関係団体が開いたセミナーでの報告内容です。
日本語に直して、一部を再掲します。なお報告はこれ以上の内容がありました。

2011年12月11日日曜日

光射せ! 最新号出ました。

よくこれだけ書き手がいるものだと感心します。不肖私も2本寄稿しました。

http://hrnk.trycomp.net/hikarilist.php ご購入はこちらへ
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金正日が中国に問題を起こさないと約束」 米専門家「対米関係改善ではなく対中協力強化を選択」 デイリーNK

クリス・グリーン記者

[2011-12-09 11:18 ] 

北朝鮮が対米関係改善の代わりに、対中関係の強化を行なっているとの主張が出された。
スタンフォード大学のロバート・カーリン(Robert Carlin)、ジョン・ルイス(John W. Lewis)教授らは9日、ロサンゼルスタイムズに掲載した共同寄稿文で「中国の管理者の言葉によれば、金正日が今年5月に中国を訪問し、中国の指導部と『問題を起こさない』と約束した」と述べ、このような見解を明らかにした。
北朝鮮が当分は朝鮮半島で追加的な軍事挑発を起こさず、第3次核実験や弾道ミサイル発射などの中国や国際社会を刺激する軍事行動を停止するという意味と解釈できる。
両専門家は「しかし、会談の結果は双方にとって満足すべきものではなかった。金正日は中国から、期待以下の援助と支援の約束を受けた」と伝えた。


両教授によると、中国は北朝鮮に資本と技術に対する追加的な供給と利益を提供し、国境地域との共同経済領域への緊密な協力を約束した。しかし、食糧などの経済支援が必要な北朝鮮にとっては不満足な結果だと指摘した。
「会談の最も大きな成果の一つは、短・中期に渡って朝鮮半島で追加的な問題が発生しないという事。しかし、この静寂に乗じて北朝鮮が核兵器開発や運搬手段の巧妙化を密かに推進する可能性を考慮しなければならない」と指摘した。
しかし「最近の決定の事案は、我々がよく知り・予想している北朝鮮の外交戦略(地域大国の間を定期的に行き来する戦略)ではない」と主張した。

原文

North Korea's new course

It's courting Beijing now; normalizing ties with the U.S. is no longer a priority.

 

Kim Jong Il

In an undated photo released on Nov. 2, North Korean leader Kim Jong-Il inspects Korean People's Army unit 789 in North Korea. (KNS/AFP/Getty Images)

By Robert Carlin and John W. Lewis

December 8, 2011

The legacy of the late North Korean leader Kim Il Sung's decision in the early 1990s to pursue a strategic partnership with the United States has run its course. In its place, the focus of Pyongyang's policies has decisively shifted to Beijing. However wary the North Koreans may be of their neighbor, the fact is that from Pyongyang's viewpoint, the Chinese have delivered and the United States did not.
Any shards remaining from the North's previous, decades-long effort to normalize ties with the U.S. were swept away by current leader Kim Jong Il's trip in May to China, his third in barely a year. Based on our discussions with Chinese officials, we believe that during that visit, Pyongyang and Beijing came to an understanding that, in preparation for planned, major domestic political events in 2012, both sides require sustained political stability, a convergence of interests that provides the opportunity for expanding bilateral relations beyond anything enjoyed in the past. The North is building toward a "prosperous and powerful" nation in celebration of the Kim Il Sung centenary in April; the Chinese are looking toward their 18th Party Congress scheduled for late next year. In both cases, it was apparently decided, stability on the Korean peninsula would serve economic programs and the succession of a new generation of leaders.
In the arrangements — formal and informal — that emerged from Kim Jong Il's discussions with his hosts, Pyongyang agreed not to "make trouble" (as the Chinese described it to us) in the short term, presumably meaning no deliberate military provocations, no third nuclear test and no launch of another ballistic missile. Beyond that, the talks ended in a compromise that neither side found entirely satisfactory. Kim came away with less aid and a smaller Chinese commitment of support than he had sought, though Pyongyang typically asks for more than it can get.
The North did, however, receive increased access to both Chinese capital and technology in spite of United Nations and other foreign sanctions. Kim also obtained, through the establishment of joint economic zones with China along the Yalu River, a locale to test adjustments necessary to economic development, adjustments that would fall short of what Beijing considers genuine economic reform. Chinese President Hu Jintao, we were told, had to settle for Kim's promise to cause less trouble but without a North Korean commitment to serious steps toward denuclearization.
We believe that this pivot toward Beijing is no routine oscillation in North Korean policy. The drive to normalize relations with the U.S. from 1991 to 2009 had been real, sustained and rooted in Kim Il Sung's deep concern about the regime's future in the aftermath of the collapse of the Soviet Union. Perhaps there was no better demonstration of the North's approach in those years than the situation on Oct. 25, 2000 — the 50th anniversary of the entry of the Chinese People's Volunteers into theKorean War. Who was in Pyongyang on that date meeting Kim Jong Il? The Chinese defense minister? No, he was cooling his heels while Kim met with the U.S. secretary of State. That was no accident of scheduling on Pyongyang's part; it would not happen again today.
If the paradigm shift is real, we expect the North in the near to medium term to make far less overt trouble. Less tension on the Korean peninsula? What could be wrong with that? Nothing, as long as it is understood that such tranquillity will also provide a veil for the North's continuing pursuit of nuclear weapons and increasingly sophisticated delivery systems. With the onset of stability and growing Chinese-North Korean cooperation, Pyongyang may well calculate that the outside world's focus on the North Korean nuclear program will become diffuse. Indeed, the North Koreans have long assumed that given enough time, the world would resign itself to their nuclear weapons, as happened with India and Pakistan.
To help things along, it isn't out of the question that Pyongyang might even agree to some U.S. efforts to contain the nuclear program through a series of what Washington calls "pre-steps." The North has repeatedly expressed willingness to consider discussion of its uranium enrichment program and moratoriums on missile and nuclear tests. As unilateral actions, these would have short-term benefits by further stabilizing the situation to provide additional room for discussions. But in the absence of long, serious negotiations between the two sides, they will turn out to be no more meaningful than the ill-considered agreements of the now moribund six-party talks.
All of which brings us back to the deepening North Korean-Chinese ties, and the downgrading in Pyongyang's calculations of relations with the United States. There was considerable momentum behind the North's strategy for engaging the U.S. in past negotiations. That is no longer the case, with consequences we have only started to feel.
Robert Carlin is a visiting fellow at Stanford University's Center for International Security and Cooperation. John W. Lewis is professor emeritus of Chinese politics at Stanford. Both have visited North Korea several times, including the only American visit to the uranium enrichment facility at Yongbyon in November 2010.

Copyright © 2011, Los Angeles Times

 

さらに知る ROBERT CARLIN

北,'黄金坪.威化島経済地帯法'採択 統一ニュース

http://www.tongilnews.com/news/articleView.html?idxno=96871

どんな法律なのか,関心がある。


2011年12月09日(金) 11:26:02イ・ケファン記者khlee@tongilnews.com
北朝鮮で黄金坪,威化島経済地帯法が採択された。


北朝鮮<朝鮮中央通信>は8日発記事で“最近発表された朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議常任委員会政令によれば朝鮮で黄金坪,威化島経済地帯法が採択された”と報道した。


合わせて,同通信は“羅先経済貿易地帯法が修正補充された”と付け加えた。
一方,これに先立ち北朝鮮は去る6月“朝鮮で朝中親善をより一層強化して対外経済関係を拡大発展させるために黄金坪,威化島経済地帯を出す(つくるの意味)ことに決めた”としながら,北朝鮮最高人民会議が常任委員会政令を通して“朝鮮民主主義人民共和国黄金坪,威化島経済地帯を出している”と発表したことがある。
北側で‘経済地帯’という表現は南側の‘経済特区’に該当する。

2011年12月6日火曜日

北空軍操縦士、ベトナム戦派兵公式文書を確認 世界日報


 北朝鮮がベトナム戦当時、空軍操縦士などを派兵し、北ベトナムを支援していたという文書が公開された。

 米国のウッドロー・ウィルソンセンターが4日、公開したベトナム人民軍(PAVN)資料などによれば、北朝鮮はベトナム戦争当時、87人の空軍操縦士と約100人の心理戦要員、トンネル専門要員などを北ベトナムに派兵し、北朝鮮操縦士は26機の米軍戦闘機を撃墜させる戦果を上げた。

 北朝鮮の北ベトナム支援は白南淳元北朝鮮外相が2000年3月、ベトナムの北朝鮮軍戦死者墓地を参拝して、世の中に知らされたが、具体的派兵規模と情況が文書で確認されたことは今回が初めてだ。

 この日公開された報告書(ベトナム上空の北朝鮮操縦士)は元米中央情報局(CIA)要員のモール・プリビナウが最近捜し出したベトナム人民軍会議資料などを土台に作成された。

 ベトナム戦に参戦したプリビナウは、「2000年、北朝鮮軍のベトナム戦参戦の事実が確認された以後にも、具体的規模と活動内容はベールに包まれていた」とし、「今回公開された資料を通して、ベトナム軍が米軍の空中爆撃に対抗するために北朝鮮の派兵要請を承認した事実が公式に確認された」と明らかにした
原文はこちら
http://www.wilsoncenter.org/publication/nkidp-e-dossier-no-2-north-korean-pilots-the-skies-over-vietnam
この発見をめぐる報道
ttp://www.wilsoncenter.org/article/nkidp-e-dossier-no-2-%E2%80%9Cnorth-korean-pilots-the-skies-over-vietnam%E2%80%9D-the-media

2011年12月2日金曜日

無人偵察機で脱北監視


●【政治】中国、無人偵察機で脱北者監視

中国が先週から北朝鮮と隣接した東シナ海で初めて無人偵察 機を配置して、巡 回査察活動を大幅に強化した。

中国遼寧省海事当局は大連に無人偵察機配置統制センターを 設立し、無人偵察 機を北朝鮮接境海岸と島など敏感な地域に送っていると香港サ ウスチャイナモー ニングポストが30日報道した。

無人偵察機は該当地域で遠隔探知資料と高解像度写真など を収集する任務を遂 行しており、偵察地域は東シナ海500個余りの島と附属島嶼な ど15万平方KM海域 に達すると伝えられた。

中国は東シナ海で脱北者の急激な流入を防ぐために、巡回査 察活動を強化して いる。

また、この地域では中国漁船が韓国海域に越えてきて、不法 操業をして拿捕さ れる事件もたびたび発生している。

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Location : 日本,

2011年12月1日木曜日

北中国境沿線すべての地域で密輸再開

名前:NKIS日:2011-11-30 14:05 http://www.nkis.kr/
照会:126
NK知識人連帯通信員によれば、最近まで国境警備隊の北脱出者取り締まり強化によって一時低調な雰囲気を維持した北中国境沿線で、密輸が去る11月中旬からまた活発になったという。
顕著に増大した北脱出が深刻な問題として議論されて全体的な保安を維持しながら,北脱出者探索が始まった国境沿線で、密輸がまた活気を取り戻したことは真に幸いなことだと住民たちの反応も良いと知らされた。
両江道恵山市ではすでに2ヶ月前に中止された工業品と電子製品の流入でほとんどすべての密輸過程らが再開されたという。
こ国境沿線に居住する限り密輸屋はDVD録画器械を100台を鴨緑江を通して,密輸したという。
この他に活気を探したことは北朝鮮で最も重要な品目の米の密輸がまた始まった。為替レートの急騰に天上知らずで跳ね上がった米値段が徐々に安定傾向に乗っているという。
国境警備隊員らの話を聞いてみれば今回再開になった密輸は国境警備旅団が半ば承諾した後に形成されたものという。
密輸の断絶でいろいろ難しい状況が生まれ、国境地域の地方だけでなく中国での不法に持ってくる物により、密輸の再開が認められたという推測も出てきている。
特に各地方で国家から与えられた建設目標と数多くの支援は、密輸によって確保される物資がなしでは不可能なためだ。
しばらく活気を取り戻した密輸が果たしていつまで持続するかは言えないが冬に入り、川の水が凍りつく中、当分持続されることと考えられる。

 

12月12日に早稻田大学で話します。

http://www.jkcf.or.jp/calendar/modules/piCal1/index.php?caldate=2010-2-1&smode=Daily&op=&cid=22

米“北朝鮮ウラニウム濃縮と軽水炉建設憂慮” RFA


そろそろ北朝鮮も動きそうだ。

12月12日に早稻田大学で話します。

http://www.jkcf.or.jp/calendar/modules/piCal1/index.php?caldate=2010-2-1&smode=Daily&op=&cid=22

2011年11月27日日曜日

RFAの北朝鮮緊急事態に関する記事あつめ

緊急事態を研究しているので、ここに記事の目録をアップしておきます。

 

서먼 “북한 정권붕괴 대비해야”

"북한 차세대 세계관 전환 유도해야"

“북 붕괴 대비 차 상위 군 간부들 포섭해야”

“미국내 동포들도 북 급변사태 대비해야”

“북한 내부 권력투쟁 가능성 활용해야”

“중, 북 붕괴시 한국주도 통일 수용 가능성”

"북 붕괴시 군 인력 38만명 투입돼야"

“북 붕괴 대비 주변국 긴밀히 협의해야”

한국, 대규모 탈북난민 수용계획 마련

한-미 “북 급변사태 유형 세분화”

対中国石炭輸出急増 聯合

(ソウル=聯合ニュース)張チョルウン記者=今年に入って,9月まで北朝鮮の対中国石炭輸出額が昨年輸出額の倍,一昨年の4倍を越えた。
5日韓国貿易協会の北中交易統計によれば今年1~9月北朝鮮の対中国石炭輸出額は8億3千万ドルで昨年の石炭輸出額の3億9千万ドルの2倍を越えたし,2009年輸出額2億ドルの4倍を突破した。
同じ期間両国間交易額は昨年同期間より77%増えた約42億ドルに達した。
北朝鮮の対中国輸入額は23億7千万ドル,輸出額は18億2千万ドルであり,輸出額の中で石炭が45.6%で全体の半分近くを占めた。
このために北朝鮮内エネルギー難が深刻化し,北朝鮮当局は先月末自国貿易商らに石炭輸出を全面中断するように指示したと知らされた。
jcw@yna.co.kr

中朝国境で北朝鮮将校を捕まえろ 国境事情レポート

http://www.nksis.com/bbs/board.php?bo_table=b02&wr_id=38

国境地帯の情勢を伝える記事を訳してみました。

2011年11月23日水曜日

2011年11月22日火曜日

ホワイトハウスから見た朝鮮半島②

太陽政策とブッシュ政権内部の葛藤が描かれている。

ライス長官は、金大中大統領を"ソフトなマナーを持った老政治家"と表現しながら、いわゆる"太陽政策"で北朝鮮を変更することができると思った"理想主義者(idealist)"と評した。 "理想主義者"という言葉を政治家にしている場合は、賛辞というよりは"現実を知らない潔白な人"という意味になることもある。

2011年11月20日日曜日

ホワイトハウスから見た朝鮮半島①

月刊朝鮮に掲載された、同誌の元編集長・趙甲済氏の記事。長いので分割して掲載する。

当時の米政府が、太陽政策を維持した金大中と盧武鉉に厳しい視線を向けていたことが確認できる。

2011年11月17日木曜日

北朝鮮をめぐる新刊 アメリカ

 

米国では結構北朝鮮に関する新刊書が出ているようだ。

http://www.piie.com/blogs/nk/?p=3600

ピーターズ国際経済研究所のブログによると最近出たのはこの三冊。

最初のThe Cleanest Raceは、北朝鮮のプロパガンダを通してみた北朝鮮人が自分たちをみるイメージだそうだ。筆者は釜山の大学の先生でドイツ人のようである。

金正恩についての本はない。情報がなさすぎるということだろう。

The last two years have seen several thoughtful efforts to grapple with the nature of the North Korean political system, a topic we are also starting to work on. On our short-list (with Amazon links if you want to build your library):

Ken Gausse, one of the more thoughtful and close analysts of the leadership structure, has now weighed in with a major volume drawing on a wide array of sources, North Korea under Kim Chong-il.

The book is structured historically and runs up through the Party Conference of September 2010: the purges at the time of the first father-son transition (ch. 1); the limited experiments with reform (ch. 2); the continuing role of familism (ch. 3); and what we have called “reform in reverse” (ch. 4) occupy the first half of the book.   A theme is the continual churning of personnel designed to assure maximum discretion of the leader.

Gause pays particular attention to the heavy investment in institutional as well as personnel changes during the second half of the 2000s as well. But he concludes on a highly pessimistic note that seems shared among North Korea watchers at the moment. The succession and poor economic performance has refocused the regime on survival, which means strengthening the very political forces—the military and the security apparatus—which are responsible for the country’s problems. Moreover, these internal political imperatives make both engagement with the rest of the world and meaningful economic reform beyond the reach of a weakened leadership.

A major effort.

2011年11月14日月曜日

朝総連,若い血を輸血…30代青年20% 増加

この記事も別のサイトで翻訳されている。

最近日本語になっていない北朝鮮系記事を探すのが難しい。


"昨年在日同胞2千3百余人が北朝鮮訪問"
2011-11-11 07:55ノーカットニュース アン・ユンソク論説委員

昨年朝総連が斡旋した祖国訪問を通して,在日同胞2千3百余人が北朝鮮を訪問して組織への青年たちの参加を大きく伸ばしたことが明らかになった。
朝総連中央常任委員会が2010年12月28日ソ・マンスル議長名義で発表した第22期6次会議決定書で"青壮年層幹部の朝総連組織招聘も主要成果として言及した"と自由アジア放送が伝えた。20110304095719625

朝総連は"活動力ある30,40代が日本全域の16ケ朝総連本部と学校所在地本部など拠点支部委員長で登用されて,支部事業がさらに活気を帯びるようになった"と指摘した。

朝総連は傘下青年組織人在日本朝鮮青年商工会,すなわち青商会を'新しい世代の働き手育成'’という目標で30代青年たちの参加を以前に比べて,20%増やしたと評価した。
朝総連はまた"去る一年朝総連系民族学校学生数の減少を防ぐために全組織が力を注いだ"と明らかにした。
一方,朝総連は"昨年煕川発電所建設現場労働者支援事業と新義州市大水被害復旧支援,そして平壌駅の前'駅前総連食堂'開業と運営など北朝鮮が繰り広げた社会主義強い大国建設に特色あるように尽くした"と評価した。

 

写真は総連食堂

http://media.daum.net/politics/north/view.html?cateid=1019&newsid=20110303233706027&p=yonhap

2011年11月9日水曜日

対北朝鮮媒体'金正日死亡説'風説の可能性提起

いつかは来ることだが。


|記事入力2011-11-09 10:20

[マネートゥデイ チョン・ジウン インターン記者]

8日証券街を中心に広がった金正日北朝鮮国防委員長の死亡説が事実無根である可能性が高いという観測が出てきた。

北朝鮮専門媒体'デイリーNK'はこの日情報当局関係者の話を引用して"証券街で広がった根拠ないデマである可能性が大きい"と報道した。
情報当局関係者は"根拠ないうわさが証券街に広がったようだ"として"対北朝鮮情報関連分野では全く把握されない内容"と媒体に明らかにした。

媒体によれば金委員長死亡説は高齢の年齢と健康悪化などにより最近急増している。
昨年11月北朝鮮による延坪島砲撃挑発直後にも死亡説が回ったが事実無根で一段落した。

媒体に対しては"金委員死亡に備えた国家機関の非常マニュアルも作動していない"として"ただし死亡説拡散震源地の把握に主力を注いている"として、風説である可能性を提起した。
北朝鮮朝鮮中央通信は前日金委員長が後継者の金正恩労働党中央軍事委員会副委員長と共に朝鮮人民軍空軍第813部隊を視察したと報道している。


一方金委員長の死亡説はこの日午後2時頃から証券街で広がった。
この日コスピ指数は前日より15.96ポイント(0.83%)下落した1903.14で終了した

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2011年11月8日火曜日

早ければ2ヶ月後に六カ国協議再開 スティーブン・ボスワース前対朝鮮政策担当特別代表

外交評議会からの転載です。

http://www.cfr.org/north-korea/bosworth-us-must-continue-engaging-north-korea/p26436

10月24日~25日にジュネーブで行われた第二回朝米高位級会談を最後に米国の対朝鮮政策特別代表を退いたスティーブン・ボスワース氏は11月7日、米外交評議会(CFR)のバジョリア記者とのインタビューで「米国は北朝鮮に対して関与し続けなければならない」と主張した。また、「私の楽観的見解であるが、比較的近い将来のある時点で2カ国間のみならず多国間会談の次元で、実質的な諸問題について北朝鮮と公式対話が再開されると期待している」と述べた。

 

具体的な時期については「わからない」としながらも「早ければ2ヵ月後、遅くとも来年後半のある時点」と予想した。彼はまた「北朝鮮に対しては、非核化ではなく封じ込めを目標にしなければならないとする主張も一部にあるが、米国は非核化の目標を放棄すべきではない」と断言した。そのうえで「北朝鮮との対話は、すぐには非核化へ至らないかもしれないが、核物質の生産を制限し、核拡散を防ぐ上では非常に効果がある」と述べた。朝鮮における「権力継承」が今後の行方に与える影響について聞かれたボスワース氏は「多くの人々は、金正日氏が生きている間は権力継承が起きないと考えており、権力継承後も北朝鮮の政策が大きく変わることはないであろう」とし、「権力継承が国内問題に影響を与えることがあっても、新しい政権や新しい指導部が現在の政権がやらないと言ったことを突如やる準備が出来ていると言うとは思えない」と述べた。

後任のグリーン・デイビス氏に伝えたい助言があるかとの質問には「忍耐強くなければならない」としながら、「北朝鮮にも国益に対する彼らなりの認識があるという事実を理解すべきであり、われわれはそれを無視することが出来ないという点を助言したい」と述べた。(了)

北朝鮮がイランの核開発に協力か wp報道

IAEA says foreign expertise has brought Iran to threshold of nuclear capability

View Photo Gallery —  Intelligence shows that Iran received foreign assistance to overcome key hurdles in acquiring a nuclear weapon, according to the International Atomic Energy Agency.

By Joby Warrick, Published: November 7

Intelligence provided to U.N. nuclear officials shows that Iran’s government has mastered the critical steps needed to build a nuclear weapon, receiving assistance from foreign scientists to overcome key technical hurdles, according to Western diplomats and nuclear experts briefed on the findings.

Documents and other records provide new details on the role played by a former Soviet weapons scientist who allegedly tutored Iranians over several years on building high-precision detonators of the kind used to trigger a nuclear chain reaction, the officials and experts said. Crucial technology linked to experts in Pakistan and North Korea also helped propel Iran to the threshold of nuclear capability, they added.

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Iran's President Mahmoud Ahmadinejad said in September that Iran is talking to Russia about building additional nuclear power reactors. (Sept. 23, 2011)

Iran's President Mahmoud Ahmadinejad said in September that Iran is talking to Russia about building additional nuclear power reactors. (Sept. 23, 2011)

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The officials, citing secret intelligence provided over several years to the International Atomic Energy Agency, said the records reinforce concerns that Iran continued to conduct weapons-related research after 2003 — when, U.S. intelligence agencies believe, Iranian leaders halted such experiments in response to international and domestic pressures.

The U.N. nuclear watchdog is due to release a report this week laying out its findings on Iran’s efforts to obtain sensitive nuclear technology. Fears that Iran could quickly build an atomic bomb if it chooses to hasfueled anti-Iran rhetoric and new threats of military strikes. Some U.S. arms-control groups have cautioned against what they fear could be an overreaction to the report, saying there is still time to persuade Iran to change its behavior.

Iranian officials expressed indifference about the report.

“Let them publish and see what happens,” said Iran’s foreign minister and former nuclear top official, Ali Akbar Salehi, the semiofficial Mehr News Agency reported Saturday.

Salehi said that the controversy over Iran’s nuclear program is “100 percent political” and that the IAEA is “under pressure from foreign powers.”

‘Never really stopped’

Although the IAEA has chided Iran for years to come clean about a number of apparently weapons-related scientific projects, the new disclosures fill out the contours of an apparent secret research program that was more ambitious, more organized and more successful than commonly suspected. Beginning early in the last decade and apparently resuming — though at a more measured pace — after a pause in 2003, Iranian scientists worked concurrently across multiple disciplines to obtain key skills needed to make and test a nuclear weapon that could fit inside the country’s long-range missiles, said David Albright, a former U.N. weapons inspector who has reviewed the intelligence files.

The program never really stopped,” said Albright, president of the Washington-based Institute for Science and International Security. The institute performs widely respected independent analyses of nuclear programs in countries around the world, often drawing from IAEA data.

“After 2003, money was made available for research in areas that sure look like nuclear weapons work but were hidden within civilian institutions,” Albright said.

U.S. intelligence officials maintain that Iran’s leaders have not decided whether to build nuclear weapons but are intent on gathering all the components and skills so they can quickly assemble a bomb if they choose to. Iran has consistently maintained that its nuclear activities are peaceful and intended only to generate electricity.

The IAEA has declined to comment on the intelligence it has received from member states, including the United States, pending the release of its report.

But some of the highlights were described in a presentation by Albright at a private conference of intelligence professionals last week. PowerPoint slides from the presentation were obtained by The Washington Post, and details of Albright’s summary were confirmed by two European diplomats privy to the IAEA’s internal reports. The two officials spoke on the condition of anonymity, in keeping with diplomatic protocol.

Albright said IAEA officials, based on the totality of the evidence given to them, have concluded that Iran “has sufficient information to design and produce a workable implosion nuclear device” using highly enriched uranium as its fissile core. In the presentation, he described intelligence that points to a formalized and rigorous process for gaining all the necessary skills for weapons-building, using native talent as well as a generous helping of foreign expertise.

“The [intelligence] points to a comprehensive project structure and hierarchy with clear responsibilities, timelines and deliverables,” Albright said, according to the notes from the presentation.

Key outside assistance

According to Albright, one key breakthrough that has not been publicly described was Iran’s success in obtaining design information for a device known as an R265 generator. The device is a hemispherical aluminum shell with an intricate array of high explosives that detonate with split-second precision. These charges compress a small sphere of enriched uranium or plutonium to trigger a nuclear chain reaction.

Creating such a device is a formidable technical challenge, and Iran needed outside assistance in designing the generator and testing its performance, Albright said.

According to the intelligence provided to the IAEA, key assistance in both areas was provided by Vyacheslav Danilenko, a former Soviet nuclear scientist who was contracted in the mid-1990s by Iran’s Physics Research Center, a facility linked to the country’s nuclear program. Documents provided to the U.N. officials showed that Danilenko offered assistance to the Iranians over at least five years, giving lectures and sharing research papers on developing and testing an explosives package that the Iranians apparently incorporated into their warhead design, according to two officials with access to the IAEA’s confidential files.

Danilenko’s role was judged to be so critical that IAEA investigators devoted considerable effort to obtaining his cooperation, the two officials said. The scientist acknowledged his role but said he thought his work was limited to assisting civilian engineering projects, the sources said.

There is no evidence that Russian government officials knew of Danilenko’s activities in Iran. ­E-mails requesting comment from Russian officials in Washington and Moscow were not returned. Efforts to reach Danilenko through his former company were not successful.

Iran relied on foreign experts to supply mathematical formulas and codes for theoretical design work — some of which appear to have originated in

North Korea, diplomats and weapons experts say. Additional help appears to have come from the father of Pakistan’s nuclear program, Abdul Qadeer Khan, whose design for a device known as a neutron initiator was found in Iran, the sources said. Khan is known to have provided nuclear blueprints to Libya that included a neutron initiator, a device that shoots a stream of atomic particles into a nuclear weapon’s fissile core at the start of the nuclear chain reaction.

One Iranian document provided to the IAEA portrayed Iranian scientists as discussing plans to conduct a four-year study of neutron initiators beginning in 2007, four years after Iran was said to have halted such research.

“It is unknown if it commenced or progressed as planned,” Albright said.

The disclosures come against a backdrop of new threats of military strikes on Iran. Israeli newspapers reported last week that there is high-level government support in Israel for a military attack on Iran’s nuclear installations.

“One of the problems with such open threats of military action is that it furthers the drift towards a military conflict and makes it more difficult to dial down tensions,” said Peter Crail, a nonproliferation analyst with the Arms Control Association, a Washington advocacy group. “It also risks creating an assumption that we can always end Iran’s nuclear program with a few airstrikes if nothing else works. That’s simply not the case.”

Special correspondent Thomas Erdbrink in Tehran contributed to this report.

2011年11月7日月曜日

平壌にめぐみとおもわれる人物住んでいた" 週刊朝鮮

まだ週刊朝鮮の原文がアップされていないので、朝鮮日報から。

整理すると夫と娘の名前が一致し、生年月日も一致する女性が日本人が多く住む地区にいた。娘の生年月日は一致しない。名前は朝鮮式だが、可能性が高いということになる。

先日も韓国の議員が2005年ごろまでは生きていたとの話を伝えているので、二つの情報はある程度重なる。


アン・ジュンホ記者

入力:2011.11.07 03:05
週刊朝鮮報道…生年月日・娘の名前金ウンギョンも同じで
1977年に日本で北へ拉致された横田めぐみ.
写真でメグミが立っている所は北朝鮮だが正確な位置は分かっていない。
/AP
日本の新潟県で1977年北朝鮮工作員に北へ拉致された日本人横田めぐみ(47)と推定される人物が2005年まで平壌に居住していたと'週刊朝鮮'が報道した。
北へ拉致当時13才であったメグミは1987年大韓航空858機爆破犯金賢姫(49)氏が北朝鮮で工作員教育を受ける時"めぐみから日本語教育を受けた"と証言しながら,北へ拉致事実が確認された。
北朝鮮は2002年北朝鮮・日本実務会談で"めぐみは1993年3月死亡した"と日本政府に通知した。

7日発売される週刊朝鮮によれば北朝鮮当局が作成した平壌市民210万人の身上資料を分析した結果,めぐみと推定される女性が2005年'ハン・ソンエ'という名前で日本人集中居住地域の平壌市大成区域ミサン3棟10班に娘金ウンギョン(24)と住んでいたことが明らかになった。

週刊朝鮮はハン・ソンエという名前のこの女性がめぐみと生年月日(1964年10月5日)と同じで,娘の名前(金ウンギョン),夫の名前(金英南)等めぐみ関連情報と一致すると報道した。

週刊朝鮮が入手した平壌市民身上資料によれば1987年生まれの中で金日成総合大学に通う金ウンギョンは2人おり、1人は金英南が話した金ウンギョンの生年月日と一致し、他の1人は10月25日生で1ケ月程度の差がある。

週刊朝鮮は二人の中で生年月日が1ケ月余の違いが生じる金ウンギョンがハン・ソンエの娘と推定されると報道した。

住民登録証に該当する北朝鮮の市民証を与えられた地域が'万景台'で同じだったし,居住地も'大成区域ミサン3棟10班'で同一だと確認されたためだ。

2011年11月5日土曜日

スカラピーノ、彼の人生、そのままが‘韓国の現代史’

ワシントン|ユシンボ特派員 simon@kyunghyang.com 京郷新聞
・アジア・韓半島問題碩学 スカラピーノ教授死亡

 

あらためて記事を読むと、韓国に大変な影響を与えた人だった。

2011年11月3日木曜日

北崩壊時26万~40万兵力必要"

聯合通信の日本語ページにも訳がある。学者の名前や細かな部分が省略されているので補足して原文から訳した。

(ワシントン=聯合ニュース)ファン・ジェフン特派員=北朝鮮が崩壊する場合北朝鮮転任に対する安定化作戦と大量殺傷武器(WMD)確保,国境管理など各種作戦遂行に最小限26万~40万人の兵力が必要だという研究結果が提示された。

2011年11月1日火曜日

労働新聞ホームページ開設、韓国では接続遮断

古い記事になりますが、日本では自由に読める。紙の購読者もいるはずだが、狙いはどこにあるのだろう。気になる。

長吉図開発要項全文

北朝鮮と関係のある開発区の開発要項全文 記録のため取って置きます。

卡扎菲访问朝鲜的老照片,他和金日成的关系咋那么铁(图)

カダフィが北朝鮮を訪問した時の記事。記録のためコピペしておきます。

2011年10月27日木曜日

保衛部作成平壌成人210万人身上情報単独入手 週刊朝鮮 その1

これは久しぶりにすごい記事だ。平壌市民の生活がよく分かる。何回かに分けて全文を翻訳してみる。

 

2011年10月25日火曜日

ビクター・チャ"北朝鮮-米国無条件対話はだめ" FT

無条件で対話していたら、足下を見られるだけという警告。聯合ニュースの翻訳です。

 

"北義務履行しなければ相応措置提示してこそ"

2011年10月16日日曜日

北朝鮮で米価格急騰 韓国報道


[ノーカットニュース アン・ユンソク論説委員]北朝鮮で米値段が貨幣改革以後最高水準の1kgに3,000ウォンを越えたと知らされた。
対北朝鮮媒体の'デイリーNK'は14日両江道の消息筋を引用して"去る10月初め1kgが

2,600ウオンだった米値段が3,000ウォンを越え"外貨取り引き価格も上昇して,1中国元当たり515ウォンに取り引きされた"と伝えた。

新義州消息筋も"米値段が1kg当り3000ウォンまで上がってとうもろこしまで暴騰した"と話した。
北朝鮮地域の米価格は去る8月初めには2,100ウォン~2,300ウォン線を維持したが,8月末から2,500ウォン線に上がったし最近では3,000ウォン線まで暴騰して,209年11月貨幣改革以後最高値を記録した。

北朝鮮で例年には秋収穫期に聞けば食糧価格が全般的に下降線を見せた。
消息筋は"このような現象は去る9月から進められている「非社会主義要素」に対する国家検閲が続いて,中国米の流入が減ったため"と解説した。

最新食料事情

http://www.key-j.org/からの転載です。

2011年10月12日水曜日

中朝関係 中国学者の視点 レコ-ドチャイナより


中国の時事評論家、李奉先という人が中朝関係について活発に発言している。

ついでに調べたら、中朝関係の記事がネットで見つかったので掲載しておきます。

2011年10月11日火曜日

北朝鮮 ビラからSNSまで…南情報に触れる北朝鮮 世界日報より

 1979年、休戦ラインを守った北朝鮮人民軍の副小隊長だったアン・チャニル世
界北朝鮮研究センター所長は、韓国軍の拡声器から鳴り響く対北朝鮮放送を聞い
て、西部軍事境界線(MDL)の鉄柵を越えた。

 30年余りが過ぎた今年9月、金正日(キム・ジョンイル)国防委員長の初孫と推
定される金ハンソル(16)は、ソーシャルネットワークサービス(SNS)サイトのフェ
イスブックと動画共有サイトのYou Tubeなど、オンライン空間で、韓国大衆文化
に対する関心を果敢に表わした。

 金ハンソルは今は閉鎖されたフェイスブックなどに、「北朝鮮にもインターネッ
トがある」と伝えた。

 南北間の体制競争が激しかった1970年代の軍部隊対北朝鮮放送や、対北朝鮮ビ
ラから、韓国ラジオ放送・ドラマ・映画などに至るまで、北朝鮮に流入する韓国
情報の経路と類型が多様化して進化している。

 北側江原道高城は24時間、韓国放送が受信されるなど、北朝鮮内のほとんどす
べての地域で、すべての階層が韓国大衆文化など、韓国社会情報に全方向で露出
しているというのが専門家たちの指摘だ。

 アン所長は10日、「1970~80年代、対北朝鮮放送とビラを通して、韓国関連情
報が北朝鮮に流入したのを始め、1990年代に入り、中朝国境地域を中心に、韓国
歌謡曲カセットテープが大量に北朝鮮に入って、北朝鮮社会に『資本主義の風』
を起こした」と伝えた。

 アン所長は、「心を打つ切ないメロディと個人の感想を率直に書いた歌詞が、
北朝鮮の人らの心を動かした」として、「崔ジンヒの『愛の迷路』を歌えなけれ
ば、人扱いされなかったほどだ」と伝えた。

 2000年代に入ってからは、ドラマと映画が北朝鮮内の資本主義の風に合流した。
10代の時期を北朝鮮で送って、2008年に脱北した大学生A君は、「友人らの間で、
ドラマ『天国の階段』と『秋の童話』が人気であった」として、「韓国のすべて
の映画やドラマ、本を見てみたいと思って韓国にきた」と話した。

 この前、日本に漂流してソウルに入ってきた脱北者一行が、「韓国ドラマを見
て脱北を決心した」と話した事実も、韓国映像物が彼らには命をかける程威力が
あることを克明に見せている。

 姜東完(カン・ドンワン)東亜大政治外交学科教授は、「韓国映像物は北朝鮮当
局が宣伝する内容とは全く違う世の中を見せるため、統制と監視で維持される北
朝鮮体制には脅迫的だ」として、「今後、下からの変化の可能性に相当な影響を
およぼすだろう」と見通した。

 アン所長も、「1次対北朝鮮ビラ、2次歌謡曲、3次映像物に続き、もう4次とし
てインターネットだけが残った」とし、「一般住民たちにまでインターネットが
広がったら、北朝鮮体制の安全性は担保しにくくなるだろう」と診断した。

2011年10月10日月曜日

北朝鮮から覚醒剤を購入 死刑判決

こんな記事が中国のポータルに掲載されていた。

消えないうちにコピペしておきます。死刑になったのは、もと公安局の麻薬取締官だったようだ。電話の記録まで掲載されている。このように過去の電話記録が捜査に使われている。記事によれば、北朝鮮の海産物を扱っているうちに、この道に入り込んだようだ。

2011年10月7日金曜日

経済官僚は恐怖のポスト

北朝鮮でまた粛清があったとの報道がある。

まだ未確認だが、これまでも多くの経済官僚が更迭や処刑されている。以下は朝鮮日報のグラフィックス。貴重なので転載しておきます。官僚の粛清はスターリンの手法だったと大邱の新聞が書いているので訳してみた。

2011年10月6日木曜日

北朝鮮「核兵器は米朝国交樹立と交換」=米秘密公電

転載です。

2011/10/06 13:45 KST文字拡大 文字縮小印刷 つぶやく

【ソウル聯合ニュース】北朝鮮の金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官が2008年5月に行われた6カ国協議の南北首席代表会談で、非核化の最終段階で米朝の国交正常化と自分たちの核兵器を交換するという趣旨の発言をしていたことが6日までに分かった。内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」が公表した米国の秘密外交公電で明らかになった。

 金次官が同発言をしたのは2008年5月末に北京で行われた南北首席代表会談。同会談は韓国で李明博(イ・ミョンバク)政権が発足してから初めての南北首席代表会談だった。

 秘密公電は同年6月11日付で在韓米国大使館が作成した。南北首席代表会談に出席した韓国側代表の金塾(キム・スク)朝鮮半島平和交渉本部長(当時)から受けた説明を電文にした。

 電文によると、北朝鮮の金次官は同会談で、もし南側が核廃棄に関心があるのなら核の完全放棄など約束した2005年の6カ国協議共同声明を(北朝鮮は)調べる必要があるなどと発言したという。

 また米国がすべての核兵器を韓国から撤去したという証拠の確認を希望した

2011年10月5日水曜日

金正男は北朝鮮と関係維持 韓国日報

"金ジョンナム,金正日誕生日・名節(韓国固有の盆・正月)などに北朝鮮往来する"
記事入力2011-10-04 02:48

2011年10月3日月曜日

kim hansol メモ

金正男氏の息子に関して韓国で報道があいついでいる。

1日にはsnsからきれいに履歴が消されている。

facebookだけ消さずに閉鎖したのは、外部からのアクセスを遮断すれば秘密が守れることを知ってのことだろう。知識がありそうだ。まあここまで追いかけなくても良さそうなものだが。

以下の朝鮮日報の記事が興味深いのでコピペしておきます。

2011年9月27日火曜日

平壌の百貨店では何を売っているか

こんなビデオもあります。

こういう映像を丁寧にみれば、実情は結構わかるものでしょう。

2011年9月25日日曜日

平壌の女性警官

中国のネットにも北朝鮮関係のページが結構ある。

http://www.chaoxian.com.cn/bbs/thread-142782-1-1.html

ここは女性警官ばかりを集めたページ。やっぱり中国でも、この分野が好きな人がいるようだ。

「千手観音のようだ」なんて書いてある。

屋外で常時交通整理している国はここだけだろう。電気不足の不幸な象徴かもしれない。

一枚転載しておきます。

2011年9月23日金曜日

政治抜きポスターの登場

朝鮮中央通信が最近、こったデザインのポスターを流している。刈り取りと都市建設を訴える者で、米帝だの南朝鮮かいらいといった言葉はない。絵も洗練されている。

2011年9月21日水曜日

今北朝鮮では… "内部写真公開"

中国のサイトでは原文が見つからなかったので、引用の記事を訳しました。

2011年9月18日日曜日

米国の北朝鮮政策が変わりつつある

なかなか冷静でよい分析記事。この人の記事は、朝鮮日報や東亜日報などより安定感がある。

2011年9月17日土曜日

2011年9月16日金曜日

北朝鮮富裕層の生活実態とは 東亜日報記者ブログ

東亜日報で働いている脱北者記者のブログ

細かい数字まで拾って彼らの生活ぶりをよく描いているので、訳してみた。

家、家具、電気製品、犬、飲み物と、ものは無いにしてもそれなりに優雅に暮らしている人はいるってことだ。

2011年9月12日月曜日

poraroidを片手に行った北朝鮮 ロイター写真記者

8月下旬に行われた金剛山試験ツアーに参加したロイター通信の記者が、ポラロイドを持参してあちこちで取ったばかりのポートレイトを北朝鮮の人にあげたらしい。その時の写真が以下のサイトに掲載されている。

庶民の生の表情が読み取れておもしろい作品になっている。

http://photoblog.msnbc.msn.com/_news/2011/09/09/7689655-photographer-visits-north-korea-with-polaroid-camera-gives-back

暴風軍団の実像 北朝鮮 正恩の指示で動く組織

 

北朝鮮に後継者正恩の行きのかかった検閲組織が生まれたとの報道が相次いでいる。

その実態は?

2011年9月10日土曜日

ウィキリークスまとめ2

いろいろとニュースがあるが、日本では報道されていないので、まとめておきます。

あくまでコピペベースです。

 

2011年9月9日金曜日

平壌のブロガー ロシア留学生は伝える

北朝鮮ウオッチャーの間で、密かに見られているブログがある。

それは平壌に住むロシア人留学生のブログである。

残念ながら活発に更新されていないが、さすがに現地にいるだけあって平壌の様子がリアルタイムに分かる。写真も豊富なので、訪問してみてください。

ただし、すべてロシア語です。よく読むと今年の8月に金日成総合大学を卒業し、帰国してしまったようです。書き継いでほしいものです。

http://ashen-rus.livejournal.com/

英語による、このブログの紹介は以下です。

http://nknews.org/2011/07/a-blogger-in-pyongyang-part-1/

2011年9月7日水曜日

2011年9月6日火曜日

ウィキリークス:2日公開分に韓半島関連1万4000件 中間まとめ

 

ウィキリークスの北朝鮮関連が公開されている。あくまでアメリカの視点で集められた情報であり、完全に裏が取れている訳ではないが、丁寧に見れば、宝が埋まっている。

各紙は、小出しに書いているので、主なところを集めてみた。

2011年9月4日日曜日

中,北要求で両国交易統計発表中断" ウィキリークス

全文公開されたウィキリークスには中朝関係の秘密公電がかなり含まれている。

日本の新聞が転電しないようなマイナーなものを選んで翻訳してみる。

この統計発表中断も、こういことなら納得できる。

2011年9月1日木曜日

朴槿恵“対北朝鮮政策アップグレードされてこそ”

KBSニュースより翻訳

http://news.kbs.co.kr/politics/2011/09/01/2349857.html

主張がかなり北朝鮮に近く、現実的。北朝鮮は彼女の当選を待っているかもしれない。

2011年8月31日水曜日

将軍様 中国通過の記録


朝鮮中央通信の日本語版からコピペしました。こういう報道を注意深くよむといろいろ発見があります。


◇ 8月26日【朝鮮中央通信=平壌】





「中国・内モンゴル自治区訪問」





朝鮮労働党総書記である金正日国防委員会委員長は、ロシアのシベリア・極東地域訪問を終えて帰国する途中の25日、中国の東北地域に位置する内モンゴル自治区を訪問した。





 金正日国防委員長は同日午後、国境駅である内モンゴル自治区の満州里に到着した。





 満州里市は、外国訪問の途に金日成主席が何度も立ち寄った意義深い地である。





 金正日国防委員長が乗った列車が駅に入ると、中国共産党の王家瑞対外連絡部長、盛光祖鉄道相、内モンゴル自治区党委員会の胡春華書記、符太増秘書長、ホロンバイル市党委員会の羅志虎書記、張利平ホロンバイル市長、満州里市党委員会の呉浩峰書記をはじめ中国の中央と地域の指導幹部が温かく出迎えた。





 金正日国防委員長にかわいい子どもたちが花束を贈り、熱烈な歓迎のあいさつをした。





 朝鮮労働党政治局委員である金永春人民武力部長、姜錫柱副総理、党政治局委員候補である張成沢国防委員会副委員長、金永日、金養建、朴道春、太宗秀の各書記、朴奉珠第1副部長、党咸鏡北道委員会の呉秀容責任書記、池在竜中国駐在朝鮮大使、リ・ギボム瀋陽駐在朝鮮総領事が随行している。





 金正日国防委員長は、迎接の幹部と温かいあいさつを交わした後、懇談した。





 王家瑞部長は、胡錦濤主席をはじめ中国中央指導集団の委任により、中国を経由する金正日国防委員長を案内するため満州里にまで特別に派遣されたと述べ、精力的な対外活動で国家間の友好と人類の自主偉業の実現に大きな貢献をしている金正日国防委員長に最も崇高な敬意を表した。





 金正日国防委員長は、王家瑞部長をはじめ中央と地方の指導幹部と人民の熱烈な歓迎に謝意を表した。





 1947年5月1日、中国で初めて創立された小数民族自治区である内モンゴルは、モンゴルとロシアと国境に隣接する中国最大の大草原として国の主要牧畜業拠点の一つである。





 特に、内モンゴル自治区のホロンバイル市は、世界的に面積が最大の都市として中国の五大淡水湖の一つであるホロン湖と世界四大草原の一つであるホロンバイル草原で有名な場所である。





 金正日国防委員長は、自治区の党委員会と政府の指導幹部の案内で、内モンゴル自治区ホロンバイル市のハイラル区を見て回り、夜景を俯瞰(ふかん)して同地域の歴史と文化、人民の建設成果を了解した。





 金正日国防委員長の内モンゴル自治区訪問を歓迎して、自治区党委員会は天橋賓館で盛大な宴会を催した。





 金正日国防委員長が歓迎宴に招待された。金正日国防委員長が宴会場に姿を現すと、自治区のモンゴル族の女性が民族特有の風習にのっとって青い絹のスカーフと酒で熱烈な歓迎のあいさつをした。





 宴会では演説があった。胡春華書記は、早くに金日成主席が何度も熱狂的に歓迎されたこの大草原に今日、金正日国防委員長を迎えたことで、自治区の党委員会と政府、人民の願いがついに成就したと述べた。また、伝統的な中朝友好は大草原のように歴史と共に永遠に青々としているであろうと指摘し、友好的な朝鮮人民が人民生活の向上と強盛国家の建設で新たな成果を収めるものと確信すると強調した。





 金正日国防委員長を歓迎して特別に準備した芸術公演が行われた。





 ホロンバイル民族歌舞団をはじめ自治区の芸能人は、民族歌舞「宴の歌」「ブリヤート情緒」「ホロンバイル大草原」、民謡「ハルアト・マイドゥン」、民族器楽独奏「広闊な草原」「万頭の馬が駆ける」、舞踊「どんぶり踊り」、合唱「あなたを呼ぶよ」と朝鮮の歌「アリラン」をはじめ民族的情緒の濃い多彩な演目を舞台に上げた。





 出演者は公演を通じて、中朝友好の強化、発展のために再び中国を訪問した国防委員長に対する自治区の政府と人民の限りない尊敬と敬慕の念を見事に表した。





 金正日国防委員長は、公演の成果を祝って出演者に花籠を贈り、彼らと共に記念写真を撮った。





 金正日国防委員長に胡春華書記が自治区党委員会名義の贈り物を渡した。





 金正日国防委員長は、内モンゴル自治区の党委員会と政府、人民の温かい歓迎と親切な歓待に謝意を表し、自治区の人民が中国共産党の指導の下に国の復興と発展を目指す闘いで新たな勝利を収めるものとの期待を表した。





 金正日国防委員長は同日、内モンゴル自治区の指導幹部に熱烈に見送らて、次の目的地に向かって出発した。









「黒竜江省通過」





朝鮮労働党総書記である金正日国防委員会委員長は26日、中国の黒竜江省を通過した。





 中国の東北地域に位置する黒竜江省は、歴史的な外国訪問の途に就いた金日成主席と金正日国防委員長が何度も訪れた意義深い地である。特に去る5月、国防委員長は中国の東北地域と華東地域の訪問時に黒竜江省の牧丹江市を訪れた。





 金正日国防委員長は同日午前、黒竜江省のチチハル市に到着した。チチハル市は、黒竜江省でハルビンの次に大きな都市で中国東北地域で最も古い工業拠点である。





 金正日国防委員長が乗った列車がチチハル駅に着くと、吉炳軒黒竜江省党書記、王憲魁黒竜江省長、?会竜チチハル市党委員会書記、韓冬炎チチハル市長をはじめ省と市の党委員会および政府指導幹部が温かく迎えた。





 金正日国防委員長にかわいい子どもたちが花束を渡し、熱烈な歓迎のあいさつをした。





 朝鮮労働党政治局委員の金永春人民武力部長、姜錫柱副総理、党政治局委員候補の張成沢国防委員会副委員長、金永日、金養建、朴道春、太宗秀の各書記、朴奉珠第1副部長、党咸鏡北道委員会の呉秀容責任書記、池在竜中国駐在朝鮮大使、リ・ギボム瀋陽駐在朝鮮総領事が随行している。





 王家瑞中国共産党対外連絡部長、盛光祖鉄道相をはじめ中央の幹部が同行した。





 金正日国防委員長は、迎接の幹部と温かいあいさつを交わした後、懇談した。





 吉炳軒書記は、各国間の友好のため遠い外国訪問の道を歩み続けてきた金正日国防委員長を自分たちの地元に再び迎えたのは大きな栄光と誇りになると述べ、黒竜江省の党委員会と政府、人民の名で熱烈に歓迎した。





 同日、中国の東北地域を訪問する金正日国防委員長を、胡錦濤総書記と中国共産党中央委員会の特別委任により黒竜江省に来た中国の戴秉国国務委員が親切に迎えた。





 金正日国防委員長は戴秉国国務委員と温かいあいさつを交わした後、懇談した。





 戴秉国国務委員は、3カ月ぶりに再び金正日国防委員長を迎えた中国の東北地域は今、大きな歓迎の雰囲気に包まれていると述べ、胡錦濤総書記と中国党指導集団、そして全中国人民の名で熱烈な歓迎のあいさつをした。





 また、金正日国防委員長が内モンゴルと黒竜江省に対する訪問の道を歩き続けて中国での社会主義現代化建設に関連して述べた評価の言葉は、中国共産党の指導の下に前進する中国人民に対するこの上ない鼓舞と支持になると述べ、中国の党と政府、人民は朝鮮の同志と共に伝統的な中朝友好の強化、発展のために積極的に闘っていくと強調した。





 金正日国防委員長の中国東北地域訪問を歓迎して、戴秉国国務委員はチチハル市の仙鶴迎賓館で宴会を催した。





 宴会は、温かい友好的な雰囲気の中で行われた。





 金正日国防委員長は同日、黒竜江省のチチハル市と大慶市の各企業所、都市建設対象を見て回り、同省の経済発展状況を了解した。





 戴秉国国務委員、王家瑞部長、盛光祖鉄道相と吉炳軒書記、王憲魁省長、?会竜書記、韓冬炎市長、韓学鍵書記、夏立華市長をはじめ中央と省、市内の党委員会および政府指導幹部が同行した。





 金正日国防委員長は、チチハル第二工作機械集団有限公司を参観した。





 国の経済建設に必要な各種のCNC(コンピューター数値制御)工作機械を生産しているチチハル第二工作機械集団有限公司は、中国屈指の大型CNC工作機械生産拠点の一つである。





 金正日国防委員長は、企業所の責任活動家から沿革を聴いた後、各生産工程を見て回り、工場の生産状況と技術発展および経営管理の実態を具体的に了解した。





 金正日国防委員長は続いて、蒙牛乳業有限公司のチチハル分公司を参観した。





 蒙牛乳業有限公司は、年間650万トンの乳製品を生産している中国最大の乳製品生産企業である。





 金正日国防委員長は、総合制御室と牛乳タンク、包装職場と展示されている製品を見て回り、人民の食生活向上と福利増進のための公司の事業でさらなる前進が遂げられることを願った。





 金正日国防委員長は、大慶市の都市計画展覧館を訪れて都市建設状況と展望計画について聴取し、湿地周辺に建設されている住宅建設区域と湿地大橋、黎明湖の橋など省の各所を見て回った。





 金正日国防委員長の黒竜江省訪問を歓迎して省党委員会は同日夕、大慶9号迎賓館で宴会を催した。





 金正日国防委員長が歓迎宴に招かれた。





 吉炳軒書記は、3カ月ぶりに再び行われた金正日国防委員長の黒竜江省に対する歴史的な訪問は日に日に強化され、発展している中朝友好の明確な誇示になると述べ、省の党委員会と政府、人民は朝鮮人民と共に中朝友好を代を継いで継承し、発展させる上でさらに大きな役割を果たしていくと指摘した。





 金正日国防委員長を歓迎して特別に準備した芸術公演があった。





 黒竜江省歌舞劇院の民族楽団と舞踊団をはじめ地域の有名な民族芸術団体、芸能人が出演した公演の舞台には、男声独唱「ウスリ川の船歌」、女声独唱「私は北方の雪を愛する」、舞踊「祝福」「絹の花で春を迎える」「幸運を呼ぶツルの踊り」、器楽独奏「百万大軍が川を渡る」、器楽二重奏「慶祝」や朝鮮の歌「革命の種をまいていこう」「お会いできてうれしいです」「トラジ」など多彩な演目が上がった。





 出演者は公演を通じ、国防委員長を再び事由深い東北の地に迎えた中国人民の感動と歓喜を立派に示した。





 金正日国防委員長は公演の成果を祝い、出演者に花籠を贈った。





 金正日国防委員長に黒竜江省訪問を歓迎し、省の党と人民政府は同日、贈り物をした。





 金正日国防委員長は、黒竜江省の党委員会と政府、人民の温かい歓迎と親切な歓待に謝意を表し、省の人民が中国共産党の指導の下に国の復興と発展のための闘いで新たな勝利を収めるものとの期待を表した。





 金正日国防委員長は同日、戴秉国国務委員と黒竜江省の指導幹部に熱烈に見送られて、次の目的地に向かって出発した。









「会議議定書調印」





朝鮮政府とロシア政府との間の貿易・経済および科学技術協力委員会第5回会議の議定書が26日、万寿台議事堂で調印された。





 調印式には、朝露政府間貿易・経済および科学技術協力委員会朝鮮側委員長の李竜男貿易相、関係者、ロシア側委員長のビクトル・F・バサルギン地域発展相を団長とするロシア政府経済代表団メンバー、アルカジー・ラブロフ駐朝ロシア臨時代理大使が参加した。李竜男貿易相とバサルギン地域発展相が議定書に署名した。









「中国国防相が朝鮮人民軍後方活動家代表団と会見」





中国国務委員兼国防相である梁光烈上将が26日、中国の北京にある8・1庁舎で、全昌福上将を団長とする朝鮮人民軍後方活動家代表団と会見し、懇談した。





 梁光烈国防相は席上、朝鮮を訪問した時に金正日総書記があれほど多忙な中でも、自ら代表団と会見したことについて感慨深く顧みた。





 また、金日成主席が毛沢東主席、周恩来首相など中国の老世代の指導者と共に築いた伝統的な中朝友好が両国最高指導者の深い関心の中で一層良好に発展していることに言及し、金正日総書記が最近だけでも何度も中国を訪問したと述べた。さらに、中国は両国の友好関係を大変重視していると強調した。そして、今後も両国の人民と軍隊の友好関係が新たな高い段階に至って各分野で協力が強化されるものとの期待を示した。









◇ 8月27日【朝鮮中央通信=平壌】





「金正日国防委員長、中国吉林省通過」









朝鮮労働党総書記である金正日朝鮮国防委員会委員長はロシア訪問を終え、帰路に中国東北地域に位置する内モンゴル自治区と黒竜江省に続いて27日、吉林省を通過した。





 中国東北3省の一つである吉林省は、朝鮮革命が開拓されていた歴史のあの日々からおよそ1世紀に至る長久な期間、祖国と人民のために、朝中人民の友好と団結、人類の自主偉業実現のためにささげた白頭山の偉人たちの不滅の業績と大切な追憶が至る所に熱く刻まれている事由の多い場所である。





 国防委員長は、昨年8月と今年5月も吉林省を訪れて朝中友好の偉大な足跡を刻んだ。





 金正日国防委員長は同日午前、吉林省の通化市に到着した。





 吉林省の南部に位置する通化市は、中国で「朝鮮人参の街」「ワインの街」として有名である。





 金日成主席の輝かしい抗日革命闘争史で吉林省通化市には1930年代初、朝鮮人民の反日民族統一戦線の実現のために独立軍部隊との共同闘争を組織、展開した不滅の革命事績が刻まれている。





 朝中友好の根が深い吉林省にはまた、主席が解放後の1950年12月と1964年9月に行った中国訪問の事績も宿っている。





 金正日国防委員長が乗った列車が通化駅に着くと、吉林省党委員会の孫政才書記、王儒林吉林省長、通化市党委員会の劉保威書記、田玉林通化市長をはじめ省と市の党委員会および政府指導幹部が温かく出迎えた。





 金正日国防委員長にかわいい子どもたちが花束を贈り、熱烈な歓迎のあいさつをした。





 朝鮮労働党政治局委員である金永春人民武力部長、姜錫柱副総理、党政治局委員候補である張成沢国防委員会副委員長、金永日、金養建、朴道春、太宗秀の各書記、朴奉珠第1副部長、党咸鏡北道委員会の呉秀容責任書記、池在竜中国駐在朝鮮大使、リ・ギボム瀋陽駐在朝鮮総領事が随行した。





 中国共産党の王家瑞対外連絡部長、盛光祖鉄道相をはじめ中央の幹部が同行してきた。





 金正日国防委員長は迎接の幹部と温かいあいさつを交わした後、彼らの案内で通化ワイン株式有限公司を参観した。





 金正日国防委員長を現地で公司の責任幹部が出迎えた。





 東北一帯の野生ブドウを主原料に年間数万トンのワインを生産し、多くの量のワイン原液を加工、貯蔵している同公司は、中国でも古い歴史を持つ有名なワイン生産企業の一つである。





 公司は、自前のブドウ栽培試験田畑と長い歴史を示すワイン地下貯蔵庫を持つ。





 金日成主席は1964年9月、中国東北地域に対する訪問の道で同公司の前身である通化ワイン工場を参観した。





 金正日国防委員長はおよそ半世紀前、同工場を訪れてひたすら祖国と人民のための思索と探求を続けていた主席の崇高な足跡を深い感慨の中で顧みた。





 また、ワイン貯蔵庫と製品展示場をはじめ公司の各所を見て回り、公司の沿革や生産システム、製品の保管とその味に至るまで具体的に尋ね、人民の福利増進を目指す公司の活動でさらなる進展が遂げられることを願った。





 金正日国防委員長の吉林省訪問を歓迎して省の党委員会と政府は同日、盛大な宴会を催した。





 金正日国防委員長が宴会に招かれた。





 孫政才書記は演説で、金正日国防委員長を1年余りの期間に3度も迎えることになったのは吉林省の格段の特典、光栄になると述べ、国防委員長に吉林省の党委員会と政府、人民の名で最大の敬意と熱烈な歓迎のあいさつをした。





 また、金日成主席の誕生100周年を意義深く記念するために最近、朝鮮人民が収めている闘争成果を吉林省の人民をはじめ全ての中国人民は自分の事のようにうれしく思っていると述べ、朝鮮人民が金正日国防委員長を首班とする朝鮮労働党の指導の下に社会主義強盛国家建設闘争で必ず輝かしい勝利を収めるものとの期待と確信を表明した。





 併せて、吉林省の党委員会と政府、人民は朝鮮人民と共に中朝友好を代を継いで継承し、発展させる上でより大きな役割を果たしていくと強調した。





 宴会は、友好的で和気あいあいとした雰囲気の中で行われた。





 金正日国防委員長を歓迎して準備した芸術公演があった。





 出演者は、国防委員長を再び自分たちの地元に迎えた吉林省人民の感激と喜びを込めて女声四重唱「清い満天下の水」「擁軍の歌」、女声重唱「洪湖の波」と朝鮮の歌「祖国の懐」、男声独唱「愛するわが祖国」、混声重唱「ひたすら赤い心刻みます」「われらは千里馬に乗って駆ける」をはじめ多彩な演目を舞台に上げた。





 朝中友好の情が熱くあふれる公演は観客の絶賛を博した。





 金正日国防委員長に、吉林省訪問を歓迎して省の党委員会と人民政府は同日、贈り物をした。





 金正日国防委員長は吉林省の党委員会と政府、人民の熱い歓迎と温かい歓待に謝意を表し、中国共産党の指導の下に国の復興と人民の福利を目指す闘いで新たな成果があることを願った。





 金正日国防委員長は同日、中国東北地域での長い道のりを終えて、ついに愛する人民が待つ祖国に向かって出発した。





 金正日国防委員長は出発に先立ち、訪問の全期間、誠心誠意案内してくれた王家瑞部長、盛光祖鉄道相をはじめ中央の指導幹部と孫政才書記、王儒林省長をはじめ省と市の党委員会および政府指導幹部と熱い別れのあいさつを交わした。





 金正日国防委員長が乗った列車が国境の駅を出発すると、中国の中央と地方の指導幹部は手を振って温かく見送った。





 金正日国防委員長は中国の多くの都市と地域を経由して、中国人民の思想、感情と生活風習、政治と経済、歴史と文化などについてさらに深く了解し、不眠不休の精力的な対外活動を行って朝中友好の強化、発展に巨大な貢献をした。





 金正日国防委員長の中国東北地域の通過と訪問は、胡錦濤総書記と中国の党と政府、人民の特別な関心の中で成功裏に行われた。





 金正日国防委員長は訪問の結果に満足の意を表し、中国共産党中央委員会と国務院、内モンゴル自治区、黒竜江省、吉林省の指導幹部と人民の親切で手厚い歓待に心からの謝意を表した。





 金正日国防委員長が行った中国東北地域の通過と訪問は、朝中両党、両国の伝統的な友好・協力関係を力強く誇示し、両国人民の友好の絆をさらに強固にしたもう一つの重要な契機として朝中友好の年代記に輝かしく記録されるであろう。