お知らせ

五味洋治のページです。主に韓国での北朝鮮関連報道を訳していますが、日本語で紹介されない記事を私の目でセレクトしています。私の執筆活動、経歴についても掲載しています。最近のお勧めは、北朝鮮の軍事関連報道です。日本のメディアが伝えていない細かなものまで拾っています。私がかつてここに書いた金正恩の性格分析は今も十分通用します。筆者へのご連絡はこちらをクリックしてください

2011年4月29日金曜日

躍動するアジアと日本の再生 5月21日シンポジウム


無礼で、傲慢な金正日 聯合ニュース 

昨日で終わったカーター前大統領の訪朝。金総書記が会わなかったのも意外だが、帰りがけにメッセージだけ渡したというのも理解しがたい。アメリカの専門家も、一斉に金総書記の姿勢を批判している。
聯合が伝えた彼らの意見は三つに集約できる。
金総書記の姿勢は無礼だ。核放棄をする気配はない。金総書記が求めた南北首脳会談は実現しない。

私は、北朝鮮の交渉スタイルからして、「米国政府と関係なく、個人の資格できた」というカーターがおもしろくなかったのではないかと推測している。

カーター氏への失礼な対応は、「もっと政権中枢の人間が来い」という意味なのかもしれない。


カーター北朝鮮訪問成果なし 北の立場不変を立証"<米専門家>
|記事入力2011-04-29 04:22

"北メッセージ伝達方式無礼..'ギブ・アンド・テーク'交渉意志なくて"

(ワシントン=聯合ニュース)ソン・キホン特派員=ジミー・カーター前米国大統領の北朝鮮訪問は特別な成果がなかったし、むしろ金正日国防委員長が核兵器放棄の意志はなく、誠意ある態度で韓国、米国と交渉する意志もないという点を再確認させたと米国の朝鮮半島専門家たちが評価した。

米国戦略国際問題研究所(CSIS)韓国室長のビクター・チャ ジョージタウン大教授は28日聯合ニュースに"カーター前大統領を通して伝えられたメッセージは新しいものが一つもない"と低い評価をして"さらに、金正日委員長が前職米国大統領を単にメッセンジャーで利用したことは侮辱的なことであり無礼なこと"と話した。

ビクター・チャ教授は"そのメッセージが天安艦に対する残念を含んでいることだったら、役立つことの場合があったがそうではなかった"と話した。

それと共にカーターが持って来たメッセージを土台に南北首脳会談が開かれる可能性は殆どないと分析した。

リチャード・ブッシュ ブルッキングス研究所東北アジアセンター所長は"エルダーズ グループの北朝鮮訪問結果は北朝鮮が相互互恵的な方式では韓国、米国と交渉するのにこれと言った関心がないということを現わすこと"としながら"2008年中盤からの状況と変わることがない"と話した。

ブッシュ所長は"北朝鮮がその意図に深い憂慮をもたらすようにする行動らを続けて行ったので'無条件的な交渉'は考えられない"として"南北首脳会談も韓国政府が、北朝鮮は信頼できると考える時だけ開催される"と展望した。

デービッド・ストロボ スタンフォード大アジア太平洋研究所副所長は"金委員長がカーターを迎えない事実は非常に興味深い"として"昨年北朝鮮を訪問したカーターを金委員長が会わなかったことは当時中国を訪問中であったという口実があった。

カーターのスタイルに照らして、今回の訪問で金委員長が自身に会ってくれないことと判断したとすれば平壌に行かなかったこと"と話した。

ストロボ副所長は引き続き"報道されたようにカーターがソウルに行くために空港へ向かっていた途中連絡を受けて車両を返して戻って、金委員長のメッセージを受けた方式は特異だ"として"金委員長がカーターと'やり取りすること'(give-and-take)を願わないというと解釈される"と分析した。

彼は"金委員長はその代わり陳腐な内容を入れた少し短いメッセージをカーターに伝達する方式を選んだ"と話した。

ストロボ副所長は"今回の訪問の成果は北朝鮮が核兵器プログラムをあきらめる考えがなくて、自身を核兵器保有国と認定しなければならないという主張に変わりがないという事実を確認したこと"と強調した。

エーロン・ロンバーグ、スチムソンセンター研究員は"カーター一行を迎えた北側の極度に低い待遇は、北朝鮮が今回の訪問を格別価値がないことで考えたとのことを示す"と話した。

ロンバーグ研究員は"空港に向かって、すでに出発したカーターに伝えられた金委員長のメッセージというものも'儀式'の側面で無視する態度でないだけでなく'内容'でも新しいものがない"と分析した。

彼は"北朝鮮は以前にも李明博大統領との無条件的会談をするといっていましたが、現在の南北間緊張を解消するのに役に立つことをしてこなかった"として南北関係改善のため意味のある措置の必要性を強調した。

ロンバーグ研究員は近い将来南北対話がなされる可能性があるけれど"今回のカーターの北朝鮮訪問や金委員長のメッセージは今後北朝鮮が韓国、米国と関係を改善するのに必要な行動をしたり、6者会談の意味のある進展を産む準備ができているという希望を見たことは全くない"と指摘した。

彼は"今回の北朝鮮訪問が誰が、なぜ実現したのか知らないが成果は何もないと見られる"として"特に今回の北朝鮮訪問が韓.米両国の対北朝鮮政策に影響を及ぼさないこと"と見通した。

2011年4月28日木曜日

六カ国協議再開は北朝鮮からの和解のシグナル 朝鮮新報

今回は朝鮮新報の転載。一部省略しています。
どうやら六カ国協議再開は、北朝鮮も同意している。
いつも韓国が孤立させられる。

米国南朝鮮合同軍事演習の終わる4月末を控えて、6者会談再開に関する構想が
表面化した。

中国の武大偉朝鮮半島問題特別代表が「北南6者会談団長会見-朝米対話-6者
会談再開」に向けた方案を言明した。

その後ソウルを訪問し、李明博大統領に会った米国のクリントン国務長官もこ
のような「3段階構想」を南側と再確認した。

一連の事態進展で注目されるのは朝鮮の金桂官第一次官が中国を訪問(7~12
日)した以後、局面転換の流れが可視化されている事実である。

北京で接触

対話外交再開の要求にふさわしく行動したのは北側である。

実際に金桂官第一次官と同日に米国のキャンベル国務省次官補が北京を訪問し、
中国の外交当局者と会談を行った。

中国を仲介者として朝米間接対話が成されたという観測が出るわけである。

報道によるとそれ以後中国は金桂官第一次官と協議したと言う「3段階構想」
を南朝鮮当局に通報したと言う。

そして歩調を合わせるかのようにクリントン国務長官がソウルを訪問し「構想」
について語った。

対話の中断状態を打開する動きが同時多発に起きたのは偶然の一致でない。朝
鮮は今年年初から南側に「幅広い対話と協議」を提案し、積極的な措置を講じ
てきた。

1月に行なわれた中米首脳会談は、朝鮮半島の平和と安定のための北南対話と
6者会談の早い再開を呼びかけた。

朝鮮半島の軍事的対決構図に直接、間接的に関連した停戦協定当事国の間には
対話と協議の方法として懸案問題を解決していこうとするコンセンサスが成さ
れていると考えられる。

「3段階構想」は各国の当面した共同目標を達成するために練られた方案であ
る。

ワシントンの「忍耐力」

朝鮮との対話を拒否し、軍事的圧力と制裁を強化するオバマ政権の「戦略的忍
耐」路線は昨年朝鮮半島に醸し出された一触即発の危機を通じて、すでにその
限界点が明らかになった。

延平島砲撃事件当時、朝鮮人民軍の取った断固たる自衛的措置は、交戦一方で
ある米国をして平和対話の可能性を模索せざるを得なくした。

1月の中米首脳会談はそのような米国の政策旋回を確認させる外交行事となっ
た。

一方で、南朝鮮当局は対話外交再開にブレーキをかけてきた。

北の対話提案に対しても、それを回避するための口実だけを押し通した。

「天安」号事件と延平島砲撃事件に関する、いわゆる「責任的な措置」がまず
講じられなければならないという挑戦的な姿勢を取った。

「南北会談において核問題を扱わなければならない。」という強弁も並べたて
た。

そして北側の主動的な提起に沿って二つの事件問題を論議し、緊張緩和の方法
を求めるための北南高位級軍事会談の開催が開かれるようになると南側はせっ
かく用意された予備会談を意図的に破綻させた。

今回ソウルを訪問したクリントン国務長官は米国と南朝鮮の「緊密な共助」を
土台にして核問題を解消していく立場を明らかにしたと伝えられている。

しかし、米国が朝鮮半島問題を青瓦台の主張だけを聞き、判断しないであろう
ということは明白なことである。

たとえば朝鮮が北南高位級軍事会談を提案し南側がこれを受け入れた時、ホワ
イトハウスはそれが「米中首脳会談の結果」だという見解を明らかにしたこと
ある。

対決において対話に局面の転換される中でオバマ政権はまたほかの「忍耐心」
について言っている。

南北対話が対話外交再開に先行されなければならないという「青瓦台」の主張
だけを繰り返しているのだが、そのような「忍耐心」にも限界点はある。ソウ
ルの対決論者の対話忌避症がなくなることを米国がいつまでも待つという保障
はない。

平壌発のシグナル

中国、米国が「北南6者会談団長会合」の着想を議論するようになると南朝鮮
当局は、「非核化問題は南北関係の核心事案」「ボールは北側に移っている。」
と虚勢をはることもしたが、これは自らが対話を回避する口実がなくなり非常
に苦しい境遇に落ち入ったことを露呈したものである。

ソウルの対話破綻策動を封鎖しようとする国際政治の力学構図が形成されてい
る。

南朝鮮の対決論者は「北南団長会合」では「北の真心性のある態度」が確認さ
れなければならないとか、非核化問題で「一定の成果」があがらなければなら
ないとか言いながら「2段階」の履行に障害をきたそうとたくらんでいるが、
そのような抵抗はとうとうとと流れる大河の流れの前でははかない泡末にすぎ
ない。

李明博政権にとって中米が直接出そろって準備する対話の場は、軌道修正の最
後の機会になるかも知れない。

任期がいくらも残っていない政権が判断を誤らないようにするには、何よりも
北側が出した対話提案に盛り込まれたシグナルを真摯に検討すべきである。

共和国国防委員会は最近「対話をしても大胆な対話をしよう」という立場を明
らかにしている。

対決路線をあきらめない限り、「朝鮮半島の平和と安定を保障するための今後
の全ての対話と協議おいて徹底的に除外されるということを心に刻まなければ
ならない」(国防委員会スポークスマン声明2010.1.15)と警告したことのある
北側が大局的立場から和解のシグナルを送っている。

2011年4月25日月曜日

カーターは金総書記に必ず会う 自伝から読み取れる彼の作戦とは

 ふと図書館で手にした本に、カーター大統領の自伝に1994年の訪朝が書かれていた。
この本の大半は、彼の信仰生活についてのものだが、なぜ北朝鮮と関わったかも記述されている。
 記録のために一部を転載しよう。

 興味深いのは、調停者としての原則の下り。問題を起こしていたとしても、中心人物とつきあえ、とある。

 この原則からいけば、今回は金総書記と会うはず、いや会わないのならいかないだろう。英語ではしばしば手づまり状態を、 stalemateというがまさに今がその状態。放置しておけば北朝鮮の濃縮ウランが増えていく。しかし、北朝鮮は過去の挑発について謝罪しそうにない。まさに打つ手なし。

カーター氏はまた歴史を作るのかもしれない。自伝によれば、カーター氏は、見かけによらず非常に我が強い。自伝の内容をめぐって、妻と再三衝突したという。おだやかな表情とは違う面がある。

 引用した本は「信じること働くこと」(新教出版)

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 1994年の間もない頃、世界に一つの深刻な問題が起きようとしていた。北朝鮮が核兵器に使用可能な高純度ウランを処理する計画を強硬に主張したのである。

国際原子力機関の査察官たちが北朝鮮から追放され、世界の関心を強く惹くことになり、アメリカは北朝鮮に対する制裁措置を課すため、国連の安全保障理事会に働きかけを始めた。

 三年前から北朝鮮の金日成主席は私に、自らの立場を説明したいからピョンヤンを訪問してくれと依頼していた。北朝鮮は戦争を始めるかもしれないと、中国関係の専門家たちから私は報告を受けていた。北朝鮮は、自分たちの国がならず者国家とされ、ほとんど崇拝にも等しく尊敬されている指導者の金日成が犯罪者の烙印を押されることを甘受できなかった。

アメリカ国務省は私の仲裁を喜ばなかったが、最終的にクリントン犬統領が私の尽力に許可を与えた。

 ロザリンと私はこちらの意図を先ず韓国指導者たちに理解してもらうために、ソウルヘ飛んだ。

それから非武装地帯を通過し、金日成その他の指導者たちと会うためにピョンヤンヘ赳き、そしてまた韓国に戻ったのである。こんな往復旅行をしたのは四十三年間で私たちが最初だった。

 ピョンヤンで金日成と膝を交えて何時間も話すうちに、危機を引き起こした食い違いを解決したいと彼が心から願っていることは明らかだった。彼は朝鮮戦争を勃発させた責任者であり、四十年以上も北朝鮮の人々を世界から完全に孤立させている共産主義の独裁者であった。

しかしその時彼は、目本の捕虜だったとき自分の命を救ってくれた宣教師たちの倫理的行為を激賞し、核燃料の処理を中止することを約東し、アメリカとの良好な関係を強く希望していると述べ、朝鮮戦争時に北朝鮮に埋葬されたすべてのアメリカ人の遺骨の返還を申し出た。

 合意書はワシントンに送信されただけでなく、CNNのテレビ放送を通じ世界中に知らされた。私たちの任務は申し分ない成功であるように思われた。

 不幸にして一か月も経たずに金日成は亡くなり、後継者に関する北朝鮮の不確実性もあって、彼の約束のいくつかは未だに果たされていない。こうした後退にもかかわらず、核開題その他の緊急課題を解決するための堅実な前進か見られる。しかし北朝鮮は未だに閉鎖的な社会であり、朝鮮戦争の記億は、戦争の損害を蒙った朝鮮半島をはじめアメリカその他の人々の間でなお、つらい恨みとなって残っている。

調停者の原則
 一、国際社会と紛争中のあらゆる立場の人々に、軍事力は最後の手段としてのみ行使されるとの基本前提に合意してもらうよう努めること。

 三、紛争の歴史および原因を徹底的に研究せょ。信任と信頼を築く基本として、早期の段階において紛争当事国の重要指導者や民間人との個人的なかかわりを活用せょ。

 五、互いに対面できない、あるいは対面しないであろう敵対者同士の間を行ったり来たりすることを覚悟せよ。

 六、間題を引き起こしている当該人物に関する有益かつ可能な情報をすべて調査せよ。

 七、彼らが孤立して別の団体や組織から非難されているとしても、どんな紛争でも鍵となる重要人物とは進んで付き合え。

2011年4月24日日曜日

中東の風は平壌に吹かない 月刊中央の特集 ② 豊かな平壌市民 終わり

共同通信の平壌ルポの続き。市民が匿名で出てくるが、遠慮しながらインタビューしている印象。豊かだというのはよく分かるが、食糧不足、電気不足の国でどうし富裕層が出てくるのか踏み込んでほしかった。

 むしろリビア事態を見ながら、核やミサイルをあきらめた後米国や西側諸国と修交して、資本主義的な要素が流入すれば統制力が落ちるから‘核は決してあきらめることはできない’とかたく決意したかも分らない。”

柳京ホテルに近い商店街の海外名品専門店は今年開業したという。
名品商標らを壁に付けている。
韓国の高級デパートや免税店と比較しても差が殆どない。
イタリア・スイスなどで輸入した化粧品・カバン・腕時計・履き物などが日本や韓国の国内市場価格と似た水準で販売されている。

あるスイス制腕時計は北朝鮮の通貨で約15万ウォンだった。
330万ウォンに達する有名スイス制腕時計もあった。

路上自転車売台ぐんぐん増えて…

ある女性お客さんはイタリア ブランドの‘口紅’を熱心に選んだ。

この専門店を探すお客さんらの身なりだけ見ては韓国や中国、北京のデパートで見るお客さんらの姿と大きく違わなかった。

少なくとも平壌では富裕層が確かに増えたことを見せる風景だった。

海外名品は他の商店でも一部見られた。

どんなホテル中にある商店では昨年9月以後イタリア ブランドの衣類・履き物・菓子などをお目見えした。

ピザやワインを提供するイタリア・レストラン食堂でも、イタリアから輸入した商品を販売する売り場を共に運営した。

やはり価格は日本や韓国と似た水準だった。

言及したように平壌(ピョンヤン)外交団間で‘日本デパート’ ‘シンガポールデパート’で呼ばれる商店もある。
日本製生活用品と電気製品などが多いところが日本デパートで、シンガポールなど東南アジアから輸入した家具(世帯)を中心に販売する所がシンガポールデパートだ。
こういう商店らを見れば対北朝鮮経済制裁がどれくらい効果があるのか疑問に感じる。
明らかに制裁に穴があると感じられる。
在日朝総連は平壌(ピョンヤン)逆光長の前に日本式家庭料理を提供する食堂を運営し始めた。
ある日昼間に130席程度のこの食堂を行ってみると家族一緒にお客さんでぎっしり埋まっていた。
商店で外貨を利用する時使う先払い式‘電子決済カード’が新しく出てきた。

外貨で入金すれば換算された北朝鮮お金が入力されて、外貨商店で専用カードリーダー機で決済する方式だ。

2009年末貨幣改革以後外貨管理が強化されていることを示唆しているかも知れない。

自転車に荷車を連結した売台も眼に触れる。

通りに売台を設置して、ピーナッツ・焼き栗・焼きイモなどを販売する方式は何年か前からあったのに、自転車売台は昨年までは主に裏路地で営業していた。

今回は外国人も通う道路でパンや炭酸水中心に商った。

自転車ごとに平壌市人民委員会が発給しただろうと考えられる番号があった。

地域市場にも自転車で訪れてくるお客さんを配慮した駐車空間があった。

自転車は主に中国から持ってきたようにしたのに、平壌だけでなく地方でも自転車利用者は増えている。

2002年7・1経済改善措置以後増えた商店らの‘割引行事’は対象品目が多様化した。

今回も旧正月と金正日国防委員長の誕生日名節(韓国固有の盆・正月)に合わせて、日用品・食料品・コンピュータ・電子製品などを20~80%割引販売した。

タクシーも昨年よりさらに多かった。

大部分米国・ドイツの自動車業者が中国で生産した車両だ。
流通形態や移動手段の多様化は‘人民生活向上’を具体化する一つの現象と見られたのに、ここで中国の存在感が感じられたことまた事実だ。

中国のある貿易関係者は“李明博政権になって、南北交流が後退した結果、中国は対北朝鮮交易で韓国を大きく考慮しなくても良いという認識ができた”と話した。

●速度調節する‘金正恩偶像化’

金正日国防委員長の後継者の金正恩党中央軍事委員会副委員長の偶像化事業は用心深く進行されるようだった。
肖像画がまだ出てこなかったし、道端にあるスローガンらも金正恩副委員長を示唆する内容は見られなかった。
ある女性市民は“金正恩副委員長の肖像画は家にもない”としながら“首領様(金日成)・将軍様(金正日)・大将(隊長)同志(金正恩)の姿はいつも私たちの胸中にある”と話した。

金正恩副委員長偶像化事業は段階的に進行されるという印象が濃かった。

2011年4月22日金曜日

中東の風は平壌に吹かない 月刊中央の特集 ①

中央日報が発行している月刊中央の四月号が、北朝鮮と中東革命の関係を特集している。その中の一本、日本の共同通信記者のルポの骨子を訳してみる。
http://magazine.joinsmsn.com/monthly/article_view.asp?aid=287794

非常に長いので、何回かに分けて掲載します。

エジプト ムバラクは結局米国に背信にあった'
平壌=文・写真磐村和哉共同通信平壌支局長
北アフリカ発市民革命が相変らず進行中なのに北朝鮮の核心平壌はどんな姿であろうか?北朝鮮の最大名節(韓国固有の盆・正月)中一つの金正日の誕生日(2月16日)に合わせて北朝鮮を訪問した磐村和哉共同通信平壌支局長がその雰囲気を伝える。

平壌には‘日本デパート’ ‘シンガポールデパート’で呼ばれる商店がある。
また海外名品を販売する商店も登場した。
通りには自転車に荷車を設置して,パンや飲み物を売る商人の姿がぐんと増えた。
2月16日金正日国防委員長の誕生日を際して,外国代表団をむかえた平壌の路上風景だ。
昨年から最優先国政課題として訴えている‘人民生活向上’を住民に実感させようと当局が主力を注いでいる印象が強かった。
ちょうど北アフリカ・中東地域でジャスミン革命が起きてこの風が、北朝鮮にどんな影響を与えるのか切羽詰まった関心事として台頭した時であった。
だが結論から言えば、少なくとも平壌で直ちに‘民主化革命’が起きる兆しは見られなかった。

●“我が国ではありえない”

記者が会った北朝鮮政府関係者らはエジプトやリビアで起きた反政府デモとこれにともなう政権交替が“我が国では有り得ないこと”といっせいに口をそろえた。
ある関係者は、エジプトのムバラク大統領は米国が永らく支援してきたのに最後に米国から裏切られた”と話した。

また他の関係者は“中東争乱の背景には米国の心理謀略の策動がある”と表現、“私たちはそれをずっと警戒してきた”と明らかにした。

もちろん北朝鮮マスコミは、中東争乱を報道しない。

通り歩く一般住民の大部分は中東の争乱を知らない。
調べてみる手段もうわさ他にはない。
韓国の‘ビラ(対北朝鮮ビラ)’散布がどの程度影響を及ぼすのかものぞけなかった。

今年中に100万台を越えるという‘手電話(携帯電話)’は国際通話が不可能だ。

平壌に常駐する外交団や外国人が使う,国際通化が可能な携帯電話とも通話できない。

外国人が利用する携帯電話も,北朝鮮の人が利用する携帯電話も端末機は皆中国製だが,通信方式を分けて運営しているようだった。

また国際通話が可能な外国人の携帯電話は平壌市中心部で20~30kmほど離れれば電波が切れる。

ところで、昨年には一時的に訪朝する外国人に貸与したこの携帯電話を、今回は貸与を受けることができなかった。

北朝鮮側担当者の説明によれば今年に入って,通信形式を変更して,一時的な貸与がまだ不可能だといった。

中東の争乱と直接的な関連があるかは分からないが,この一時的な貸与がいつ再開になるかは不透明だ。

中東の争乱の影響を注目する指導部の判断により短期訪問者の携帯電話貸与の不許可期間が長くなる可能性もある。

平壌に常駐するある外交関係者は“職場で北朝鮮職員と中東の争乱を話したことがない”としながら“日常で外部世界の動向に関し色々な話をする雰囲気もない”と明らかにした。
外交団も一緒に仕事をする北朝鮮職員の立場を考慮して,話自体に慎重でないことができないだろうと考えられた。

●北朝鮮の高位層は、「リビアの教訓」注目

以下次号

2011年4月21日木曜日

カーター訪朝は意外な結果をもたらす可能性がある。 聯合

 今月26日にカーター元米大統領が訪朝する。もう86歳なのに元気だ。財団を経営しているので、パーフォーマンスをして、露出する必要があるのかもしれない。いずれにせよ、政治的野心満々だろうから、朝鮮半島になにか変化をもたらすかもしれない。
 私の知り合いの、北朝鮮に関係する米国人は「何の変化も起こさない」と言っているが、ビッグネームだけに、いろいろ仕掛けを用意しているはず。韓国の聯合ニュースもそんな視点で書いている。

このブログは、しばらくまとめ記事を書いていたので、本日はあっさり転電にしておきます。
http://www.cartercenter.org/news/editorials_speeches/jimmy-carter-speech-korea-university.html

ちなみにカーターセンターのこのページによると、彼は、朝鮮半島での戦争回避を願っている。




(ソウル=聯合ニュース)ノ・ヒョドン記者=26日北朝鮮訪問道に上がるジミー・カーター前米国大統領の北朝鮮訪問が韓半島情勢に微妙な変化の要素に浮び上がる兆しだ。
米国政府は純粋な個人次元の北朝鮮訪問だと線を引いているが流動性高い現情勢の中では、意外な'爆発力'を作り出せるというのが外交家の観測だ。

最も大きい関心を引く大きい課題はカーター前大統領が金正日国防委員長と面談する可能性だ。

マリ コムジシ氏釈放のために北朝鮮を訪問した昨年7月には金委員長に会うことができなかったが今回は状況が違うと見られる。

国際的に人望ある前国家首班3人を同行した北朝鮮訪問なので金委員長が面談に応じてくれる可能性が大きいためだ。

前国家首脳の集いである'エルドス グループ(The Elder's Group)'に属したメリー・ロビンソン前アイルランド大統領とハーレム プルントゥラントゥ前ノルウェー総理、マルティアティサリ前フィンランド大統領が、その顔ぶれだ。

さらに北朝鮮は対話局面に転換を急いでいて'カーター北朝鮮訪問カード'を育てようとする可能性が大きい。

金委員長がカーター前大統領と面談を活用して、局面転換を狙ったある種のメッセージを投げると見られるという観測だ。

もちろんカーター前大統領がポラク オバマ大統領の親書を所持した特使資格ではない。

しかし金委員長と面談が実現したら、成し遂げたら北朝鮮のメッセージをソウルとワシントンに伝達するメッセンジャーの'帽子'をかぶるようになる。

特にカーター前大統領は北朝鮮訪問直後北京を経て、韓国に入ってくる予定だ。

前国家首脳を同行する彼は、北朝鮮訪問結果を説明する次元で李明博大統領と面談を推進する可能性が大きい。

これは現在対話局面に応じながらも、原則論を守る韓米政府に堪え難い状況を持ってくることもできる。

北朝鮮が進展性ある態度変化を見せるよりはカーター前大統領北朝鮮訪問カードを活用して、自分らの主張を宣伝(善戦)しようとする可能性が大きいためだ。

政府関係者らは"現在としてはカーター前大統領と金委員長が面談することができるか分からない"としながら"カーター前大統領の北朝鮮訪問は個人の資格であり、政府次元のメッセージを持って行かない"と意味を縮小している。

外交消息筋らの間では1994年北朝鮮訪問事例が議論される。
カーター前大統領は第一次核危機が高まった1994年6月15日から3泊4日間平壌を訪問して、当時金日成主席と会談した後、同じ月18日午前板門店を通って、ソウルにきて、金泳三大統領に会った。

この席でカーター前大統領は金日成主席の南北首脳会談提案を伝達したし金大統領がこれを受諾して、交錯(膠着)局面が急反転された。

当時カーター前大統領が意味のあるメッセンジャー役割をするのに成功したが米国行政府としてはカーター前大統領の'突出行動'にだいぶあわてたという後日の噂だ。

カーター前大統領はホワイトハウスの反対にもかかわらず、自身の北朝鮮訪問を執拗に要求したし北朝鮮訪問が成し遂げた以後には金日成主席から伝達された提案を言論に生放送で発表する冒険を押し切ったためだ。

一方カーター前大統領は今回の北朝鮮訪問を通して、現在北朝鮮に抑留された韓国系米国人チョン・ヨンス牧師を連れて出てくる可能性が大きいように見られる。

2011年4月19日火曜日

大豊国際投資グループの実像 ③ 実績なし 第2の楊斌か  終わり

●グループの体制
 大豊グループの役員構成は理事長は金養建党秘書、統一戦線部長、総裁は朴哲洙(中国朝鮮族)であり、理事会は国防委、内閣、財政省、労働党関係部署、朝鮮アジア太平洋平和委員会、朝鮮大豊国際投資グループ代表など7人で構成されている。
大豊グループの朴哲洙総裁は昨年"10年内に最大4000億ドル(480兆ウォン)に達する外資誘致を目標にしている"と明らかにしたがまだ正確な実績は公開されないままだ。

●国家開発銀行
 2010年1月に開かれた朝鮮大豊国際投資グループ理事会第1次会議では、北朝鮮国防委員会傘下に「国家開発銀行」と「朝鮮大豊国際投資グループ調停委員会」を設立することを決めた。

 国家開発銀行は国際金融機構、国際商業銀行と取り引きをできる現代的金融規範と体系を整え、国家政策に従う重要対象に対する投資業務を遂行する資金取り引きの保証と、資金調達を目的に運営される銀行だという。

 大豊グループが北朝鮮は、対外経済協力機関として国家開発銀行に対する投資誘致と資金を保証する、経済連合体役割を受け持っている。

 また北朝鮮は2010年7月に北朝鮮の投資誘致を指導、管理する国家的中央指導機関の「合弁投資委員会」を設立して、外資誘致と合弁、合作など外国と関連したすべての事業を担当している。

●米の制裁

 国連安保理は対北朝鮮決議1718号(06年の最初の核実験)と1874号(昨年の2度目の核実験)によって、北朝鮮の活動を厳しくチェックしている。

 安保理決議による対北朝鮮制裁対象は8機関と5人。これには▽朝鮮鉱業開発貿易会社(KOMID)▽端川(ダンチョン)商業銀行▽朝鮮リョンボン総合会社(KRGC)とユン・ホジン南川江貿易会社幹部▽イ・ジェソン原子力総局長--などが含まれている。

 これとは別に、米国行政命令13382号に基づく制裁リストには8団体のほか、朝鮮国際化学合営会社など22団体とキム・ドンミョン端川商業銀行長が入っている。

 欧州連合(EU)が1月に対北朝鮮制裁レベルで旅行禁止対象に定めた北朝鮮最高位人物13人は、北朝鮮権力の核心である国防委員会のメンバーを狙ったのが特徴だ。金正日委員長の妹婿の張成沢国防委副委員長と呉克烈国防委副委員長、全炳浩軍需工業部長らがヨーロッパ旅行禁止の対象だ。

●●監視

 大豊グループも国際社会からの集中的な監視を受けてきた。

 たとえば、バージン アイルランド金融当局は昨年9月、大豊グループが領域内銀行で不法武器取り引き資金などを洗濯しているという疑惑が出てきて、直ちに調査に着手した。

 このような制約の中、大豊グループは昨年12月、中国商務部と羅先市経済特区開発了解覚書(MOU)を締結した。ただしグループは表に出ず、「合弁投資委員会」が中国側のカウンターパートとなった。




●二つの島
 北朝鮮は自由貿易区として威化島と黄金坪島を提案。2010年末、中国商務部と黄金坪と威化島での合作開発のための了解覚書(MOU)を締結した。

 2島はいずれも中朝国境を分ける鴨緑江の下流に浮かぶ中州。遼寧省丹東市と接している。

 威化島は12.2平方キロメートルを占める鴨緑江最大の島。高麗の遼東討伐軍を率いた李成桂が1388年、遠征途中に威化島から軍を引き返した「威化島回軍」で有名な場所で、韓国からの観光客が多い。

 黄金坪島は11.45平方で威化島の次に規模が大きい。土地が肥沃で、新義州の代表的穀倉地帯と指折り数えられている。丹東とは陸続きで鉄条網で仕切られている。

●経済特区特別法制定も

 北朝鮮は鴨緑江河口の黄金坪を経済特区で開発するために特別法を用意した。4月中にも発表される見通しだという。
特区法は2000年11月発表された開城工業地区法と似た内容で、中国側事業者と一緒に土地を開発して、外国投資家に賃貸しようとする計画だとされる。

 新義州の2島での自由貿易区構想が浮上したのは、09年1月23日、訪朝した中国共産党の王家瑞対外連絡部長に金正日総書記が打診したのが最初とされる。

 北朝鮮側は2010年10月に入り、「50年間の租借期間が短いならば80年、100年にしても良い」と中国側に再打診したという。2012年の強盛大国入りを前に、なんとかめどをつけて置きたかったようだ。

●2島開発で批判
 東北部の羅先特別市のと違う点は、中国の租借年数を提案当初の50年から100年に延ばし、中国在住の外国人に対してビザ(査証)を免除していることだ。

 また、2つの島に居住できる住民の比率も中国人は50%まで可能だが、北朝鮮住民は20%となっており中国側に有利になっている。「事実上中国領土と同じように契約された」との批判もあるという。

 これは北朝鮮側担当者の経験不足が原因で、北朝鮮では担当者の処罰を求める声もあるという。

●実績なし
 また外貨誘致について大豊国際投資グループは昨年から1件も実績をあげていない。朴哲洙・朝鮮大豊国際投資グループ総裁が、北朝鮮当局と摩擦を起こしているとの見方も出ている。

 韓国の聯合ニュースは1対北朝鮮消息筋を引用し、“大豊グループの投資誘致実績が低調なうえ、朴総裁に虚言癖があり激しい人物という評価が北朝鮮内で提起されている。これに対抗して、朴総裁は北朝鮮の計画経済システムを問題にして、北朝鮮当局が朴総裁を監視している”と報道した。

●ライバル
 一方、大豊グループに対抗しているとされる「朝鮮国際商会」は大豊グループより実績をあげている。この公社は、実力者の呉克烈国防委員会副委員長が主導し、軍部の支援を受けており、今後、海外からの融資引き込みを巡り、激しいさや当てが始まる可能性がある。また、朴総裁は、新義州の開発をめぐり身柄を中国に拘束された、オランダ国籍の事業家、楊斌と同じ運命をたどるとの見方もでている。

参考 中央日報 聯合ニュース、朝鮮日報など
http://unkar.org/r/news4plus/1278328562

2011年4月18日月曜日

大豊国際投資グループの実像 ②

その後、大豊グループの動きは以下の通り。

 朝鮮中央通信によると、北朝鮮で外資導入の受け皿になるとみられる「国家開発銀行」の設立理事会が2010年3月10日、平壌で開かれ、理事長に国防委員会代表の全一春朝鮮労働党第1副部長、副理事長に朴哲洙氏を選出した。
 今後、同投資グループが外資誘致活動を、「国家開発銀行」が投資資金管理や運用を担当するとみられる。


 韓国の夕刊紙、文化日報は同年3月10日、朝鮮大豊国際投資グループ」とは別の同国投資機関が今年、平壌の住宅建設のために3億2千万ドル(約290億円)規模の外国資本誘致を目指していると報じた。
 同紙によると、この投資機関は「ピョンゴン投資開発グループ」で、開発計画が記された資料を同紙が入手。資料は、韓国や中国などの企業から投資を引き出し、10万戸の住宅建設に投入する計画としている。

 北朝鮮で今年1月に設立された「朝鮮大豊国際投資グループ」の朴哲洙総裁が16日、平壌で共同通信と会見。
 2010年から5年間で平壌のほか日本海側の羅先や咸興、黄海側の南浦など計8都市を対象に約1200億ドル(約11兆1190億円)規模の開発を進めるとの計画を明らかにし、日本の政府や企業の参加も「期待する」と述べた。
 朴総裁は、同グループを金正日総書記が委員長を務める国防委員会の「直属」で事実上、国営の投資機関だとした上で「資本金は100億ドル」で、3月に傘下銀行として「国家開発銀行」を設立したと明らかにした。「国家の計画経済と市場経済原理を融合させた新しい経済モデル」を追求しながら事業を展開すると語った。

 8都市を「開発区」とし、平壌は先端技術、羅先は貿易と石油や観光、南浦は衣料加工と食品など、各都市別に重点分野を決めて開発を進めると説明。当面は今年1月に特別市に昇格した羅先の開発を突破口とする方針を示した。
 また、外務省や貿易省、財政省など経済関連の省庁や団体の担当者が参加する調整委員会をグループ内に設置、国家を挙げて事業に協力する体制を整えているという。
8都市開発計画の重点分野は次の通り。
 (1)平壌(ピョンヤン)(首都、

特別市
)=最先端科学技術
 (2)南浦(平安南道)=衣料加工・食品・物流
 (3)咸興(咸鏡南道)=石炭化学工業団地
 (4)元山(江原道)=造船・重機械工業・港湾開発・空港建設
 (5)金策(咸鏡北道=冶金(やきん)産業団地
 (6)清津(咸鏡北道)=鋼鉄中心に重機械・電子工業
 (7)羅先(特別市)=貿易・石油・観光
 (8)新義州(平安北道)=軽工業・消費財

 その後朴氏は、5月になって中国の投資家一行を引き連れて開城工業団地を訪問した。一行は香港の企業関係者を含め計約20人。進出企業を視察し、事業の現状などについて質問した。北朝鮮の中央特区開発指導総局の副総局長も同行していた。

2011年4月17日日曜日

大豊国際投資グループの実像 ① 


北朝鮮への投資窓口として、大豊国際投資グループが脚光を浴びている。
最近コカコーラとKFCが同グループの案内で平壌を訪問、北朝鮮に進出を決めたというニュースが伝えられたからだ。
詳しくはこちらを参照してほしい。東亜日報7月15日付

同グループの実像について、韓国と日本、中国の報道をまとめてみた。

 2011年3月、久しぶりに大豊グループに注目があつまった。

 北京に拠点を置き、アジアやアフリカを対象に投資活動を展開しているシュルツ・グローバル・インベストメント(SGIhttp://www.sgi.st/index.htm)の最高経営責任者(CEO)ガブリエル・シュルツ氏が3月1日に平壌入りしたさい、同グループの朴哲洙氏が北京から同行していたためだ。投資関係の調査や協議をしたもようだ。
 
 これに先立ち北朝鮮は北朝鮮は1月15日、「国家経済開発10カ年戦略計画」を内閣で採択した。

 その担当機関として国家経済開発総局を設置すると発表している。

 1997年に金正日総書記が正式に最高指導者となって以降、分野別の経済計画はあったが、全体的な経済計画は初めてだった。

 計画の具体化は、「朝鮮大豊国際投資グループ」に全面的に委任するとした。

 今回採択された10カ年計画は、同グループを窓口とした外資誘致をてこ入れする狙いもあるとみられる。

 対象分野はインフラ建設と地域開発、農業や電力、石炭、金属などが中心である。

 朝鮮中央通信は、この計画確定により「2020年には先進国の水準に到達することのできる確固とした展望が開けることになった」と伝えた。

 ちなみに同グループは国営投資機関として2010年1月に設立された。

 その直後の10年3月に、朴社長が韓国のMBC放送のインタビューに応じている。朴社長については有能なビジネスマンという見方と、単なるお飾りという見方に分かれている。

その内容を再録してみる。

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 北朝鮮の外資誘致窓口のために公式指定された大豊グループ朴哲洙会長が北京で本社取材陣と初めての単独インタビューを持ちました。

外資誘致のために北朝鮮の法律と制度を大幅手入れしていると明らかにしました。

韓国報道機関から初めてインタビューを受けた朴哲洙大豊グループ会長は北朝鮮が目標にする外資誘致額が最大4千億ドル、自分の資金は480兆ウォンだと明らかにしました。
北朝鮮総GDPの20倍近い天文学的金額です。

このお金でまず食糧問題解決のために農業に投資して鉄道、また、電気など社会間接資本施設に投資していく方針だと
話しました。

"5年内に私たちが農業問題と下部構造、エネルギー問題解決しようとするなら約1、200億ドルが必要です。これは基本建設です。

そして10年内に4千億ドルが必要です。"
大豊グループは昨年12月金正日委員長の指示で設立された北朝鮮の公式外資誘致窓口です。

朴会長は外国資本誘致のために外国企業が願うすべての方式を協議することができると明らかにしました。

特に北朝鮮の法律体系に対する大々的な整備作業が進行していると話しました。

"(北朝鮮法がちょっと変わらなければなりませんね?)

新しい法律が出てきます。

新しい経済枠組みだから新しい法律、社会主義計画経済期のため、新しい経済に合うよう、新しいすべての法規制が出てくるでしょう。

(今北朝鮮が作っているんですか?)

すぐ作るでしょう。
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北朝鮮問題の専門誌です。クリックすると詳しい説明がでます
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朴会長は外資誘致計画が順調に進行される場合
3年から5年間に食べる問題を解決することができると
自信を見せた。

だが、北朝鮮が目標で出した投資誘致目標額480兆ウォンが過度に非現実的の上に国際社会の制裁が続いて体制不安感が相変わらず状況で北朝鮮の構想がどれくらい実現されるかは疑問です。

朴会長は昨年10月南北首脳会談議論のために北京に到着した金養建を、空港で直接出迎えた人物です。

首脳会談関与説に対して朴会長はある程度、介入したことを認めながらも具体的な内容に対してはまた話す機会を持とうとしながら言葉を慎みました。


MBCニュース崔ヒョンムンです。
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2011年4月15日金曜日

金一家の真相 RFA特集番組 金正男編

自由アジア放送の特集番組 新しい事実はないけれども、まとめの意味で訳してみた。

北朝鮮の金正日国防委員長は3人の息子と4名の娘がいると知られています。

その中長男は金正日と成恵琳の間に生まれた金正男で今は金正日の後継ぎ構図から外され、海外を行き来しながら生活している。
金氏一家の実体、今日は金正日の長男金正男に対して調べてみます。

金正男は1971年5月10日金正日と彼の同居の女であった映画俳優成恵琳の間で生まれました。

金正男の成長期は彼の叔母宋恵瑯の息子、李イルナムの手記'金正日ロイヤルファミリー'と金正日の料理人であった日本人藤本健二の手記'金正日の料理人'を通じて、比較的詳しく外部世界に知られています。

金正男のお母さん成恵琳は金正日と同居する以前、すでに他の男と結婚し、また子供まで産んだ経験があった。

そのために成恵琳は金日成から正式な嫁と認められなかったし、金正日との同居も秘密にしなければならなかった。

当然金正男の出生について、世の中に公開できなかった。

金正日は合法的な結婚ではない、初めての息子を公開的に育てることができないということを残念だと思って、金正男が幼かったとき多くの愛情を注ぎ込んだといいます。

韓国に亡命した金正日の妻の甥李イルナムの手記を見れば、金正日は息子・金正男が真夜中に牛乳ビンを持って小便を直接受けるほどキメ細かいお父さんだったという。

また金正男が九才の時スイスに留学に出るようになって、金正日は酒を飲みながら、娘を嫁がせるお母さんのように涙を流したという内容もある。

こういう内容を総合してみれば、金正日が長男・金正男にいかに多い愛情を注いだかうかがえる。

このために2000年度以前には、北朝鮮外部では金正男が金正日の後継となるという予想が出回りました。

ところが金正日が成恵琳を捨てて二番目の正式夫人、高英姫にあったことで、金正男に対する愛情も変わってしまいました。
北朝鮮の金氏一家を研究してきた世宗研究所鄭成長博士の話です。
鄭成長:金正男が生まれた時だけしても、世の中のどのお父さんより金正日が金正男が好きだったが、金正哲と金正恩が生まれた以後金正男は...

金正男が金正日の長男だったのだが、彼のお母さん成恵琳が金正日から事実上捨てられた以後金正男の位置づけは狭くなるほかはありませんでした。

金正日が万寿台出身舞踊家高英姫と新しい暮らしを初めから、金正男は冷や飯を食う身分になって、結局は幼い年齢に外国を飛び交いながら、生活する境遇になりました。

金正男が外国生活を始めるようになった背景には高英姫の牽制があったためという分析が支配的です

北朝鮮外交官出身北脱出者高英煥氏は、過去金正日と彼の異母兄弟金平日との勢力争いで金平日が外国に離れなければならなかったように金正男も異母兄弟らとの勢力戦いに押されて、海外生活を始めるようになったことだと話します。

高 英煥氏 国内に入ってくればひとまず人々を度々会って自分の味方を増やすのを憂慮して、外国にに送るのが普通のようだ。

やはり金正男が海外にいるのもそのような次元だ。
幼くして、外国生活をするようになった金正男は自由奔放な生活を送れました。

お父さん金正日と同じように酒と女が好きだった金正男は、若い年齢の時から遊興の場と賭博場を出入りしながら放蕩な生活をしたことに伝えられています。

そのような人生が続けば、お父さんである金正日が後継者から外すのが明らかだったので、金正男の側近らは彼をまた北朝鮮で連れて帰ったりした。

鄭成長:留学して夜は酒場を通っていた。叔母がこのようではいけないといって北朝鮮に戻った。金氏一家の血統を受け継いだ金正男は皇太子に劣らない生活を送りました。

彼はスイス国際学校とジュネーブ総合大学でエリート教育を受けたし、世界所々を旅行しながら、見聞を広げました。

外信言論らによれば金正男は中国語とフランス語はもちろん英語も上手にすると分かりました。

金正男はまた他の北朝鮮指導層と別に海外旅行をしばしばしていただけでなく、日本にある電子商店街に現れるかと思えばマカオと中国をうろつく姿も外国マスコミらによって、しばしば捉えられたりもしました。

去る2001年には偽造旅券を持って一行らと共に日本成田空港に入ってこようとしたが摘発されて、注目をあびたりもしました。

最近金正日の三番目の息子金正恩が後継者に浮び上がった以後、金正男去就に対する関心はより一層高まりました。

金正男は外国言論らの関心を締め出すことはおろか日本マスコミとのインタビューを通して、北朝鮮の3代世襲を反対するなどおおらかな姿を見せたりもしました。

(日本言論インタビュー)
金正男が世界所々を自由に旅行するのは金正日の長男だから可能だが外国マスコミらと後継問題など敏感な懸案らを自由に発言するのは金正日本人も享受することのできない自由だと、外国マスコミは評価します。

表面敵には外国を行き来しながら、歓楽街や賭博場で放蕩な生活を楽しんでいると見られるが一部では金正男がマカオなどの地で対南工作を指揮して、金正日の秘密資金を管理するなど自ら任務を遂行しているという見解もあります。

ところが過去金正日の宿敵だった異母兄弟金平日が、今日までも北朝鮮土地を踏むことができなくて、外国で生活するのと同じようにだ。

金正日が死亡して異母兄弟金正恩が政権を掌握すれば、金正男やはり北朝鮮土地を踏めないことが明らかだと専門家たちは話します。

2011年4月14日木曜日

改正党規約 ③ 終わり 党は軍と政府を指導する

改正党規約 分からない表現が多く、かなりカットしている。今時、こんな内容の党規約を作っている国があるのかという気がする。いずれにせよ、軍や政府の上に党はあり、思想教育を徹底しているということだろう。規約が全60条ある。すでに全文はいろいろなところで出回っているので、完全日本語訳もあるのではないかと思う。

第7章 朝鮮人民軍内の党組織
46条
朝鮮人民軍は、偉大な首領金日成同志が抗日革命闘争の火の中で命を尽くして創建された革命的武装力だ。
朝鮮人民軍は主体革命偉業を武装で擁護保衛する首領の軍隊、党の先軍革命領導を率先して支えていく革命の核心部隊、主力軍だ。
朝鮮人民軍はすべての政治活動を、党の指導の下に進行する。

47条
朝鮮人民軍各級単位には党組織をおき、それが網羅する朝鮮人民軍党委員会を組織する。
朝鮮人民軍党委員会は党中央委員会指導の下で事業を行う。

48条
朝鮮人民軍中の、各級党組織は次のような事業をする。
全軍の主体思想化を軍建設の総合的課業を通じ、その実現のために闘争する。
党の唯一の領軍体系と革命的軍風を確実に打ち立て、人民軍の中に党の思想と領導の唯一性を徹底的に保障し、すべての党員らと軍人らを党と主席を決死擁護する銃・爆弾で、祖国と人民のために命を捧げて戦う党の真の戦士でしっかり準備させる。
党員に対する党生活組織と指導を強化して、彼らの党性を絶えず鍛える。
党員らと勤労者らの中で思想教育事業を強化して、彼らを主体思想、先軍思想でしっかり武装した思想と信念の強者に育てる。
人民軍案の青年同盟組織らを強力に作り上げてその機能と役割を高めるようにする。
党委員会の集合的指導を強化して軍事事業を党籍で、政治的に、軍事技術的に、肉体的にしっかり準備させる。
軍人野原の中で革命的同志愛と軍民一致の伝統的美風を、高く発揚させる。

49条
朝鮮人民軍各級単位には政治機関を組織する。
朝鮮人民軍総政治局は、人民軍党委員会の執行部署として党中央委員会部署のような権能を持って事業を行う。

朝鮮人民軍総政治局の下、各級政治部らは該当する党委員会の執行部として党政治事業を組織執行する。

50条
朝鮮人民軍各級部隊には政治委員をおく。
政治委員は該当部隊に派遣された党の代表として党政治事業と軍事事業をはじめとする部隊内の全般の事業に対し、政治的に責任を負いながら、部隊のすべての事業が党議路線と政策に合うように進行されるように掌握指導する。

51条
朝鮮人民軍内の各級党組織らと政治機関は、朝鮮労働党規約と朝鮮人民軍党政治事業指導により事業を行う。

第8章党と人民政権

52条
人民政権は偉大な首領金日成同志が創建された人民大衆中心の社会主義政権だ。

人民政権は社会主義偉業、主体革命偉業遂行の強力な政治的武器であり、党と人民大衆を連結させるには最も包括的な党の路線と政策の執行者だ。
人民政権機関は党の指導の下に活動する。

53条
党は人民政権機関案の党の唯一思想体系と唯一の領導体系をしっかりたてて人民政権が主体思想、先軍思想とその具現のための党の路線と政策を徹底的に貫徹するように政治的に指導する。

2011年4月12日火曜日

改正党規約 ② 党総書記が党軍事委の委員長兼務

改正党規約の2、党総書記が党軍事委の委員長になるという、新しい記述があり、韓国でも「正恩氏が総書記になれば、自動的に党軍事委長になる制度ができた」などと報道されている。
訳文は正確でない部分もありますので、ご注意を。
参考
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=137249
http://saenulee.com/15468
22条
朝鮮労働党総秘書(日本の表記は総書記)は党の首班だ。
朝鮮労働党総秘書は党を代表する一方、全党を領導する。
朝鮮労働党総秘書は党中央軍事委員会委員長になる。
23条
党中央委員会は党大会と党大会間に党のすべての事業を組織指導する。
党中央委員会は全党と、すべての社会の主体思想化を党事業の総合的任務を掌握し、党の唯一思想体系と唯一の領道体系をしっかりたてながら、党と革命大悟を首領決死擁護の戦闘部隊で設けてその威力を高めながら、主体思想、先軍思想を具現して、党の路線と政策をたて、革命闘争と建設事業を政治的に指導し、国内外の各政党、団体らと事業を行い、党の財政を管理する。
24条
党中央委員会は全員会議を一年に一度以上招集する。
党中央委員会全員会議は該当時期、党の前に立ち向かう重要な問題を討議決定し、党中央委員会政治局と政治局常務委員会を選挙し、党中央委員会秘書らを選挙して秘書局を組織し、党中央軍事委員会を組織して党中央委員会検閲委員会を選挙する。
25条
党中央委員会政治局と政治局常務委員会は、全員会議と全員会議の間に
党中央委員会の名前で党のすべての事業を組織指導する。
26条
党中央委員会秘書局は党内部事業で立ち向かう問題とその他の実務的問題を主に討議決定し、その執行を組織指導する。
27条
党中央軍事委員会は、党大会と党大会の間に軍事分野で立ち向かうすべての事業を組織指導する。
党中央軍事委員会は、党の軍事路線と政策を貫徹するための対策を討議決定し、革命武力を強化して軍手工業を発展させるための事業をはじめとして、国防事業全般を指導する。
28条
党中央委員会検閲委員会は党の唯一思想体系と唯一適齢導体系に外れる行動をしたり党規約を違反するのを始めて党規律を破った党員に党籍責任を追及し、党規律問題と関連した道(直轄市)党委員会の提案と党員の新牛を審議して処理する。
29条
党中央検事委員会は党の財政管理事業を検査する。
30条
党中央委員会は党大会と党大会間に党代表会を招集することができる。

党代表会代表者選出比率と、代表者選挙の手続きは、党中央委員会が規定する。
党代表会は党の路線と政策、戦略戦術の重要な問題を討議決定し、党中央指導機関構成員を召還して補欠選挙する。
党代表会は朝鮮労働党最高指導機関を選挙、党規約を修正補充することができる。

2011年4月11日月曜日

改正労働党規約 ① 南にも社会革命化目指す

今回は昨年改正された朝鮮労働党規約の一部を抜粋して翻訳してみる。無意味な言葉の繰り返しが多いので、抜粋してある。さらに意味不明な北朝鮮用語も削除している。
まずは序文から。

朝鮮労働党

2010年9月28日

●金日成個人崇拝再確認
朝鮮労働党は偉大な首領金日成同志の党だ。

偉大な金日成同志は朝鮮労働党の創建者で党と革命を率いられた卓越した指導者で、朝鮮労働党と朝鮮人民の永遠の首領だ。
偉大な首領金日成同志は、永生不滅の主体思想を創始して、抗日革命の火の中で党創建の組織思想的基礎と光る革命伝統を用意され、それを土台にして栄光ある朝鮮労働党を創建された。

偉大な首領金日成同志は朝鮮労働党を思想的に統一団結されて高い組織性を持った鋼鉄の党として、人民大衆の絶対的支持と信頼を受ける不敗の党として強化発展させられた。

偉大な指導者金正日同志は偉大な首領金日成同志の党建設思想と業績を継承発展させられて、朝鮮労働党を唯一思想体系で、先軍革命を強化発展させられた。

偉大な首領金日成同志と偉大な指導者金正日同志の指導の下に朝鮮労働党は労働階級の革命的党建設の新しい歴史を創造して、金日成朝鮮の富強発展と人民大衆の自主偉業、社会主義偉業随行で不滅の業績を成し遂げられた。

朝鮮労働党は偉大な首領金日成同志を永遠に高さ某時と偉大な指導者金正日同志を中心にして、組織思想的に強固に結びついた労働階級と勤労人民大衆の核心部隊、前衛部隊だ。
朝鮮労働党は偉大な首領金日成同志の革命思想、主体思想を唯一の指導思想とした主体型の革命的党だ

朝鮮労働党は労働者、農民、インテリをはじめとする勤労人民大衆の中に深く根をおろして彼ら中で社会主義偉業の勝利のためで献身して戦う先進闘士らで組織した労働階級の革命的党勤労人民大衆の大衆的党だ。

朝鮮労働党は朝鮮民族と朝鮮人民の利益を代表する。

朝鮮労働党は勤労人民大衆のすべての政治組織ら中で最も高い形態の政治組織であり政治、軍私経済、文化をはじめとするあらゆる分野を統一的に引っ張っていく社会の領導的政治組織であり、革命の参謀部だ。

朝鮮労働党は偉大な首領金日成同志が切り開かれた主体革命偉業の勝利のためで闘争する。

●南も社会主義化
朝鮮労働党の当面目的は共和国北側で社会主義強い大国を建設しながら、全国的範囲で民族解放民主主義革命の課題を遂行するところにありながら、最終目的はすべての社会を主体思想化して人民大衆の自主性を完全に実現するところにある。

朝鮮労働党は党案に思想と領導の唯一性を保障して、党が人民大衆とこん然一体となり党建設における継承性を保障すること、党建設の基本原則とする。

朝鮮労働党は主体思想の旗じるしの下に偉大な指導者金正日同志を中心にする党と軍隊と人民の一致団結を隅々まで強化してその威力を高く発揚させていく。

●主体思想で組織強化
朝鮮労働党は主体思想教養を強化しながら、資本主義思想、封建儒教思想、修正主義、教条主義、事大主義をはじめとするあらゆる反動的、日和見主義的思想を反対排撃して、マルクス-レーニン主義の革命的原則を堅持する。

朝鮮労働党は人民生活を絶えず高めることを党活動の最高原則とする。朝鮮労働党は思想を基本にし、大衆の精神力を発動して、すべての問題を解決していく。

2011年4月7日木曜日

第六軍団はこうやって消えた その④ 終わり 東亜日報記者ブログより

第6軍団に関する記事の最終回。この軍の人事には金総書記の不安感が反映していると筆者は指摘している。
ブログの更新は、数日間お休みします。

1~4軍団のような南への侵略任務を遂行しなければならない全然軍団軍団長らが本当に作戦通だ。

北朝鮮が本当に作戦通を、(軍の幹部に)任命しようとするなら金英春や平壌防御司令官を使ってはいないだろう。

金英春が6軍団長経歴を通じて"野戦軍司令官を兼備した作戦通"と呼ばれているが、金英春は6軍団に野戦軍司令官の経験を積むために行ったのではなく、クーデター鎮圧のために行っただけであり、鎮圧を終えた後、昇進した。

そして6軍団は、北朝鮮で最も後方に駐留していた軍団で、大多数が予備役で構成された現役軍人が一番少ない軍団だった。

2年ほど、この軍団の司令官をした経歴は、野戦軍司令官経歴に組み入れることもできない。

なぜ金正日はクーデター鎮圧にたけていた人間を、軍首脳に配置したのだろうか。

彼が直接病床に着いた経験があるので、その経験が権力維持に対する不安感に火を注いだのかもしれない。

もう一つ可能性は、北朝鮮が今年1月に内閣の3分の1を交替したことが挙げられる。

特に人民経済4大先行の部分という電気、石炭、金属、鉄道の中で、更迭されてからいくらも経たない石炭相だけ除いて、みな交替させられている。

新しい官僚は、いずれも経済実務働き手ら中心に配置されたという。

同時に1月末に金正男が北京に現れて、初めて後継者問題に対して発言した。

そして昨日金正日料理人を過ごした藤本健二氏が、金正日3男金正恩の写真を公開した。

彼が北朝鮮を出てもう8年になるのに、正恩の写真を公開した理由は何だろうか?
明らかに北朝鮮では何か動きがある。
13日は金正日国防委員長が後継者に指名されて35周年になる日だ。
彼は32才誕生日を3日前にして1974年2月13日党全員会議で後継者指名を受けた。
今は金委員長も67才だ。
3月には韓国の国会議員選挙に該当する最高人民会議代議員選挙が進み、,金正日3期統治が始まる。

金委員長が今後継者を指名する時と考えたら経済実務働き手で内閣を満たした後、ひょっとして急変期に起きる可能性のある反逆を備え、軍を準備させる必要があるだろう。

今回の要人はそのような兆しを知らせる信号弾でもある。
もちろん金正日の胸算用は当事者だけが知ることが出来るだろう。

終わり

2011年4月6日水曜日

駐平壌中国大使が羅先市を視察 中国報道

この時期に羅先、清津を視察するのは、中国側の投資を活発化させようという意図だろう。
おもしろいので転載しておきます。
出典 http://news.china.com.cn/rollnews/2011-04/01/content_7129381.htm


驻朝鲜大使刘洪才赴朝罗先特别市和咸镜北道考察
时间: 2011-04-01 15:13:14 来源: 中华人民共和国外交部   发表评论>>
关键词: 罗先 咸镜北道 刘洪才 圈河 朝鲜人民
内容摘要: 2011年3月25日至29日,驻朝鲜大使刘洪才在驻清津总领事董敏杰、参赞缪卫诚、姜亚先等陪同下,到位于朝鲜东北部地区的罗先特别市和清津市考察。刘大使会见了当地党政领导、企业负责人和华侨联合会、中国企业家代表,看望了驻清津总领馆工作人员和清津中国人学校师生和教职员工。



  2011年3月25日至29日,驻朝鲜大使刘洪才在驻清津总领事董敏杰、参赞缪卫诚、姜亚先等陪同下,到位于朝鲜东北部地区的罗先特别市和清津市考察。
  刘大使会见了当地党政领导、企业负责人和华侨联合会、中国企业家代表,看望了驻清津总领馆工作人员和清津中国人学校师生和教职员工。在罗先特别市,刘大使考察了圈河――元汀口岸、秀彩峰水产事业所、大兴贸易水产公司水产基地和罗津港;在咸镜北道,考察了清津港、金策钢铁联合企业、会宁食品厂、高丽制药厂、会宁冷面馆和当地餐饮一条街等民生设施。

刘洪才大使考察罗先大兴贸易水产公司
  考察期间,刘大使先后会见了罗先特别市责任书记林景万、市人民委员会委员长赵正浩、副委员长黄哲南,咸镜北道宣传书记朴灿元、副委员长金成权和会宁市人民委员会副委员长陈龙虎。刘大使表示,我此次到罗先特别市和咸镜北道参观考察,主要是了解朝鲜人民在发展经济、改善民生方面的情况和取得的成绩。准确了解目前朝鲜经济建设的最新情况,可以更好地促进中朝两国政治、经济、文化等方面的友好交流与合作。他高度评价朝鲜各地人民在以金正日总书记为首的朝鲜党和政府领导下,鼓足干劲,集中精力谋发展,在搞活当地经济,提高人民生活方面取得重大进展。



罗先特别市大兴贸易水产公司水产加工车间
  刘大使强调,中朝友好合作关系在胡锦涛总书记和金正日总书记关心下不断得到深入发展。当前,促进经济发展,提高人民生活水平是我们两党两国面临的共同任务,今后两国经贸合作应成为引领两国关系持续深入发展的火车头。中国驻朝鲜大使馆愿与朝鲜同志一道,积极促进两国经贸合作,尤其是边境地区的经济交流与合作,以更好地造福于两国人民。
  刘大使感谢罗先特别市和咸镜北道党和政府多年来为保障中国旅居朝鲜的华侨生活和工作以及华侨子女教育而付出的努力,希望旅居在朝鲜各地的华侨积极参与朝鲜社会主义建设,为促进中朝友谊添砖加瓦。

刘洪才大使考察金策钢铁联合企业
  林景万等朝鲜地方党政负责同志欢迎刘洪才大使到罗先特别市和咸镜北道考察。林景万表示,金正日总书记2009年12月视察罗先市时,就罗先地区的经济发展作了重要指示,并将其升格为特别市。我们正在全力落实金正日总书记的指示,做好特区开发建设。目前,罗先经济区的开发处于刚刚起步阶段。我们希望借鉴中国同志的经验,加大与中国的经济合作,欢迎有更多的中国企业到罗先特别市投资兴业。
  林景万等表示,发展经济、提高人民生活是当前朝鲜最为重要的任务,明年是金日成主席诞辰100周年,也是朝鲜打开强盛国家大门之年。朝鲜各地正集中全部力量,为实现这一目标而努力奋斗。



刘洪才大使考察朝鲜清津港
  朝各地党政负责同志还表示,金正日总书记非常重视朝中友谊,去年他两次访问了中国,行程主要集中在中国东北地区。今年2月,金正日总书记会见了到访的中国国务委员、公安部部长孟建柱同志;农历正月十五邀请刘洪才大使和使馆外交官观看了银河水管弦乐园演出,并设宴款待,共度传统佳节。朝鲜罗先特别市和咸镜北道等地在发展经济的过程中,希望加强与中国的合作,特别是与吉林省、黑龙江省和辽宁省等与朝鲜邻接的中国省份的经济合作,以实现两国的共同发展。
  他们还表示,旅居朝鲜的华侨长期以来为朝鲜社会主义革命和建设作出了贡献,朝鲜地方政府将继续维护好在朝华侨的合法权益。

第六軍団はこうやって消えた その③ 東亜日報記者ブログより

この記事の前提には、北朝鮮の人事がある。これについての解説記事なので、引用しておく。
北朝鮮の軍の人事は、韓国との実戦というよりも、内部のクーデターを容赦なく取り締まってきた人間が評価されることが分かる。
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出典 http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2009/04/0904j0217-00002.htm
人民武力部長に金永春氏、総参謀長に李英鎬氏任命

 朝鮮中央通信によると11日、朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長である金正日・朝鮮労働党中央軍事委員会委員長の名義による国防委員会、党中央軍事委員会の決定が発表された。

 朝鮮人民軍の金永春次帥が朝鮮民主主義人民共和国国防委員会人民武力部長に、朝鮮人民軍の李英鎬大将が朝鮮人民軍総参謀長に任命された。

[朝鮮新報 2009.2.17]

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以下は、記事の続き。


元応煕は総参謀部保安局長で人民武力部保衛司令官に昇進した後、金日成死亡以後1990年代末に行われた各種大粛清を主導した。
保衛司令部の権力は天を突き刺す勢いだった。

(韓国の)全斗煥時代の保安司(国軍保安司令部ーしばしば、最悪の人権弾圧機関として例に挙げられる)の威勢を凌駕しただろう。

はなはだしきは中央党幹部までも保衛司が内密調査し、数多くの幹部の首が飛んだ。
威勢をふるった保衛司令部は2002年に突然縮小された。

多分保衛司の権力が突出したため、金委員長が牽制したのだ。

そうでないとしても今は取り除くべきものはみな取り除いたとして、安定した権力委譲を成し遂げたと考えた金委員長が保衛司をこれ以上放置してはいけないと考えたとも見られる。

兎食狗烹(狡兎(こうと)死して=走狗(そうく)(=良狗(りようく))烹(に)らる。 史記(越王勾践世家)すばしこいうさぎが死ねば、猟犬は不要になって煮て食われる。敵国が滅びると、軍事に尽くした功臣はかえってじゃま者扱いされて殺されることのたとえ)という話が北朝鮮では、そのまま当てはまる。

半年以上執拗に空軍司令官を盗聴、監視し、ついに彼を反革命分子で粛清させた功労で金正日の目にとまり、成り上がった元応煕は、2004年5月65才という比較的若くして突然死んだ。

彼以外にも現在死んだり消えた人が多く、今保衛司の首脳陣の構成は1990年代末と全く違うという話もも伝えられる。

黄長燁前北朝鮮労働党秘書は昨年9月6軍団事件の収拾に当たった金英春を(金正日の義弟)張成沢が操縦したと明らかにした。
1994年当時張成沢の兄弟の張ソヌと張ソンギルは、各々北朝鮮軍大将と中将で、軍団長となっても不思議でない職位だったが、彼らを抜いて金英春がその地位に就いたのだ。

金英春に対する金委員長、または張成沢の信任が厚いことを語る。

これら6軍団事件中の多くの内容は、本記事により、韓国で初めて公開されるものだ。

筆者はこの内容を、当時北朝鮮軍保衛司令部最高位の将軍の子供の1人から聞いた。
そうやって金英春が人民武力部長となった。

韓国の国防長官で当たる地位である。

総参謀長に上がった李英鎬は平壌防御司令部(軍団級)司令官出身だ。

韓国とすれば首都防御司令部司令官である。

平壌防御司令部の任務中最も重要な任務は有事の際すなわちクーデターが発生すれば、金正日政権を守ることだ。

反面平壌防御司令部がクーデターを起こせば致命的だ。

したがって平壌防御司令部司令官は忠臣中の忠臣にならなければならない。
李英鎬は親衛隊の護衛局出身という証言もある。

結局北朝鮮は軍首脳部に最高の「クーデター鎮圧専門家」を任命したわけだ。

韓国のマスコミはは異口同音に、‘実戦にたけた軍人と彼らの表現するが内幕は、実戦よりは事実上クーデターを防ぐのに最も適任者である忠誠派を任命したといえる。

彼らを除いても北朝鮮には軍事作戦通は多い。

(続)

2011年4月5日火曜日

新豆満江大橋を建設へ 朝鮮日報

 こういう動きもあった。転載しておきます。いよいよ中国資本が北に入り始める。


 北朝鮮と中国は、昨年末に丹東と新義州を結ぶ「新鴨緑江大橋」の着工式を行ったのに続き、今年は豆満江(中国名:図們江)下流の琿春と咸鏡北道元汀里を結ぶ新豆満江大橋を建設する。中国はまた、琿春-羅津間の高速道路建設工事も今年3月から本格化する計画で、北朝鮮の羅先(羅津・先鋒)経済特区を中心とした中朝経済協力に必要なインフラが、今年中に大幅に拡充される見通しだ。

 琿春の地方紙・図們江報は27日付で「琿春市当局が今年、新図們江大橋と琿春-羅津高速道路建設に総額2億1225万元(約26億7000万円)の予算を投入することにした」と報じた。具体的な着工時期は明らかにされていない。同紙によると、両プロジェクトは昨年8月、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が訪中した際、中朝首脳会談で合意したものだという。
 琿春の圏河税関と北朝鮮側の元汀里税関を結ぶ豆満江下流の中朝国境地帯は、丹東-新義州と並び中朝両国の主要交易ルートの一つ。ここから直線距離で約50キロの地点に羅津港がある。両国の税関の間には、1936年に建設された全長500メートルの豆満江鉄橋があるが、老朽化している上、幅6.6メートルと狭いため、中国側は新たな橋の建設に向け、10年以上前から北朝鮮側を説得してきた。

 新豆満江大橋は、従来の鉄橋からおよそ100メートルほど離れた地点に建設されるという。琿春市によると、建設費は6225万元(約7億8000万円)。橋を経由して北朝鮮側の羅津港へ通じる高速道路も新たに建設される。同地域には現在、山岳地帯を経由して羅津に向かう全長約90キロの道路があるが、距離が長い上に舗装されていないため、輸送量の増加に対応できない状況だ。

新たに建設される高速道路は、琿春-羅津を直線で結ぶ全長53.5キロの区間で、琿春市は1億5000万元(約18億9000万円)の予算を計上している。区間内の山岳地帯には2本のトンネルを建設する。同市交通局の付忠源局長は「図們江地域の国際化に向けた交通環境の確保が、今年の重要業務になるだろう」と話した。

 新豆満江大橋と新たな高速道路の建設をめぐっては「有事の際に中国軍の進入ルートになり得る」との理由で、北朝鮮がこれまで消極的な態度を示していたが、羅先特区の活性化のために同意したという。ロシア・ナホトカにある北朝鮮総領事館は今月中旬、ロシア沿海地方の立法会議に羅先特区への投資を促すとともに「中朝両国は、新たな橋の建設や琿春-羅津間の高速道路を共同で建設することにした」と説明した。

 延辺大のユン・スンヒョン教授は「中国は今月初め、北朝鮮の羅先港経由で初めて東北地方の石炭を中国南部に輸送したが、インフラが未整備のため苦労した。二つのプロジェクトが完成すれば、豆満江流域での中朝経済協力が加速するだろう」と語った。

北京=崔有植(チェ・ユシク)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

http://www.near21.jp/kan/center/publication/journal/68/nomura.pdf

http://www.eastasia.jp/Wondongwook.pdf

2011年4月4日月曜日

第六軍団はこうやって消えた その② 東亜日報記者ブログより

6軍団だけでなく咸鏡北道担当組織秘書など軍将軍らと結託した党、行政幹部らも逮捕された。
彼らは苛酷に処断され、家族らは政治犯収容所に送られた。
疑惑がもたれた数百人の軍官らが逮捕および処刑されたこと。他にも、クーデター試みを全く知らなかった初級軍官らも軍服を脱がされ除隊処分となった。

除隊期間がわずかに残った古参兵士たちも除隊されて、炭鉱など辺境地に配置された。

反逆の種を完全に除去して他の部隊にうわさが広がるのを徹底的に遮断するという意図であった。

わけも分からないまま除隊処分となり、辺境地に送られた彼らは単に6軍団所属であったという理由で人生が完全に変わったのだ。
翌年1月から軍団傘下3個現役師団が、勤務条件がよくない江原道で、夜ごと列車にのせられて、移動した。
そして反逆の代名詞になった6軍団という名前は消えた。

6軍団は9軍団で新しく改編されたのだ。
クーデター粛清と6軍団整理がある程度決着がつくと、金英春は大きく昇進した。
1995年9月金英春はそうそうたる先輩らを抜いて副元帥の肩書と共に総参謀長(韓国なら参謀総長)に上がる。
2000年には北朝鮮共和国英雄称号まで受けた。
元応煕は総参謀部保安局長で、人民武力部保衛司令官に昇進した後、金日成死亡以後1990年代末に形成された各種大粛清を主導した。

2011年4月3日日曜日

第六軍団はこうやって消えた その① 東亜日報記者ブログより

出典 http://blog.donga.com/nambukstory/archives/167
関連日本語記事 http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2009021361948

韓国の東亜日報には、北朝鮮出身の記者がおり、なかなか文章がうまい。評判になっている彼の本を韓国で買ってきた。やさしい韓国語でよみやすい。しかも原文は彼の記者ブログ内にあり読むこともできる。


その中で第6軍団のクーデターの話を訳してみる。
この記事の一部は、東亜日報日本語版に掲載されている。
1994年に起きたとされるこのクーデターを鎮圧した人間が、その後急速な出世を遂げたとある。こういう構図が、軍がクーデターを起こせない仕組みを作り上げている。長いので分割して掲載します。

クーデター試み北朝鮮軍6軍団、このように消えた。

チュ・ソンハ記者2009/02/13 7:54 pm

1994年1月2日、咸鏡北道に駐留している北朝鮮軍6軍団軍団長が急に死亡した。
この日咸北清津市に位置した6軍団司令部上空でヘリコプターらが轟音を響かせた。
人々はわけが分からなくて不安に震えた。

約1年後6軍団の政治委員をはじめとする将軍および高位軍官らが処刑され、軍団傘下師団らが江原道と咸鏡南道駐屯軍へと更迭された。
3代名物を選べと言うなら石、軍隊、風が選ばれる江原道で、石を10個投げれば8個が軍隊頭に落ちるという話がある江原道.
‘石江原道’と呼ばれるその土地で、6軍団に新しく配置されて、咸北に入ってくる軍人らは車で快哉を叫んだ。

“ワ~ここははまだ山にヤギが歩き回っているよ…”

もちろん軍人精神でなく‘泥棒精神’に透徹した江原道軍人らが入ってきた後、咸北野山らでヤギと羊たちが消えて個人家らで家畜らが容赦なく消えた。
咸北の人々は苦しんだ。

“以前にも苦労したがそれは何でもなかったね…今度は馬賊団が入ってきたよ。”
2時ぐらい北朝鮮には噂が飛び始めた。

6軍団将軍らがクーデターを起こしたということだ。
うわさはこうだった。

6軍団政治委員(中将)がクーデターを夢見て同志を糾合したという。
軍団保衛部長も政治委員と意気投合した。

軍団長だけ残った。

北朝鮮軍団を動かそうとするなら武力統率権を掌握した軍団長、政治責任者の2人者政治委員、軍団監視を担当した保衛部長このように3人が同意を集めなければならない。

3権分立が徹底していて他の国のように軍司令官の単独の決心によってでは、軍が動けない構造だ。

このために北朝鮮ではクーデターの可能性がそれだけ低いのだ。

彼らは軍団長を引き込むための機会で1994年正月(旧正月のこと)に定めた。

上官を訪ねて行って、新年挨拶ができる正月は将軍らが自然に一ヶ所に集まれる機会でもあった。

彼らは軍団長の意志を打診し、合流を断った場合暗殺するという計画もたてたという。

軍団長は断った。
そして計画のとおり、暗殺された。
ある高位級要人の証言によれば毒酒を飲んだという。
参考で当時6軍団長はパルチザン出身ではなかったが、韓国動乱(朝鮮戦争)で大きい活躍を繰り広げた人だった。

軍団長程度が死亡すれば労働新聞2面程度に訃告が出る。

当時労働新聞も2面に6軍団長が長い間の持病で死亡したと発表した。

クーデター主謀者らが皆処刑されて、彼らが計画したクーデター内容は伝えられないでいる。

平壌攻撃計画をたてたという話、金正日国防委員長を誘引して、暗殺しようとしたという話、韓国軍と手を握って咸北を渡そうとしたなどの説が飛び交った。

参考ながら、1994年を前後した時期は北核問題で北米、南北間の対決が最高潮に達していた時期だった。

1993年3月北朝鮮は準戦時体制を宣言したし、米国は寧辺核爆撃を試みる時であった。

これから南北が統一されれば、軍保衛司令部捜査記録が公になり、歴史を作ろうとした彼らの堂々としていた志が明らかになるようになるだろう。

1994年初め6軍団でおかしな気配が感じられた時、金正日国防委の人が直ちに当時軍の軍需動員総局長だった金英春隊長だった。
金英春は派遣されるやいなや元応煕当時総参謀部保衛局長と手を握って、徹底して内密調査した。
早く緊急な火を消さなければならなかった。
政治委員など主導者らを、会議をするという口実で咸南イウォン飛行場に誘引した後、その場で逮捕した。
政治委員は疑いを抱いたがやむを得ず飛行場行って捕縛されて、平壌に連行されて行った。

数十人の軍人らが車から降りる彼を襲った時、彼は逮捕されることを覚悟していた表情という。

当時状況を見守った人は後日政治委員が“この連中~”といいながら怒鳴りつけて腹部をげんこつで殴りつけ、ずるずる引きずられて行ったと話した。

以後約10ケ月の間、軍団では徹底した内密調査が進行された、数多くの加担者らが追加で逮捕および処刑された。

北・咸鏡南道で大型列車事故発生 開かれた北朝鮮放送

鉄道事故は、北朝鮮では基本的に公開されない。インフラの弱さを如実に示すものだからだろう。大型事故というが何人程度死んだのか気になる。

・作成者チンソルラク記者
・作成日2011-04-01
・照会:1393
31日本放送局の内部消息筋が伝えたところによれば、去る29日咸鏡南道リウォン郡で貨物列車と旅客列車が衝突する大事故がさく烈して,多くの死傷者が発生した。

消息筋は“旅行に行ってきて直接目撃した”と話しながら,事故現場には“軍部隊の軍人らと保安機関の関係者らが一般人らの接近を許さず、死傷者の規模と具体的な事故原因は分からなかった。”と説明した。

彼は“多くの人々が死んだという話も飛び交って,多くの人々が病院にのせられて行ったという話が出ると見て被害はだいぶ大きいこと”と推測した。

参考だが、咸鏡南道リウオン郡は比較的列車事故が少なかった所だ。

咸鏡南道で以前列車事故が多かったのに概してその地域の傾斜が激しい,険しい自然地理的特徴が事故原因とあらわれたりした。
反面咸鏡南道リウォン郡は東海岸の小さな地域なのでその地域での電車事故は今回が初めてだ。
チンソルラク記者